シンセサイザーの歴史|誕生から日本の名機まで初心者向けに解説

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シンセサイザーは、いつ、どこで生まれた楽器なのでしょうか。

「世界で初めて作ったのは誰?」「日本ではいつから使われているの?」「昔のシンセサイザーと今の機種は何が違うの?」と気になっている方もいるかもしれませんね。

シンセサイザーの歴史を調べると、ロバート・モーグという人物や、1970年のMinimoog、1983年のヤマハDX7など、さまざまな名前が登場します。

ただ、最初に覚えておきたいのは、シンセサイザーは一人の発明家が完成させた楽器ではないということです。

その原型は19世紀末の電気的な音の実験にまでさかのぼります。その後、電子回路による音作り、鍵盤型への進化、和音への対応、デジタル化などを経て、現在の姿になりました。

そして日本も、シンセサイザーの発展に大きな役割を果たしています。KORG、Roland、Yamahaといったメーカーや、冨田勲、YMOなどの音楽家の活動は、その歴史を知るうえで欠かせません。

この記事では、シンセサイザーの誕生から日本の名機、現代の電子音楽までを年代順に解説します。

難しい電子回路の知識がなくても理解できるように説明していきますので、音楽初心者の方も気軽に読み進めてくださいね。

この記事でわかること

  • シンセサイザーの発祥と世界最初期の電子楽器
  • ロバート・モーグなど歴史を変えた開発者と代表機
  • 日本初のシンセサイザーと国産メーカーの発展
  • アナログからデジタル、MIDI、現代の音楽制作への進化
  • 昔と現在のシンセサイザーの違い
  1. シンセサイザーの歴史はいつから始まった?
    1. 発祥は19世紀末の電気音響技術
      1. テルハーモニウムはどんな装置だった?
      2. 20世紀前半に登場した電子楽器
      3. 1939年のNovachordが示した可能性
    2. 世界初のシンセサイザーは何か
      1. 1955年のRCA Mark I
      2. 1957年のRCA Mark II
  2. シンセサイザーを発明したのは誰?
    1. RCAからMoog・Buchlaへの発展
      1. ロバート・モーグの功績
      2. アナログシンセサイザーの基本的な仕組み
      3. ドン・ブックラのもう一つの開発思想
    2. Minimoogが変えた音楽の世界
      1. Minimoog Model Dの特徴
      2. シンセサイザーが音楽界へ広がった背景
  3. 1970年代に進んだシンセサイザーの進化
    1. ポリフォニック化と音色メモリー
      1. ヤマハGX-1とCS-80
      2. 1978年のProphet-5
      3. Roland JUPITER・JUNOシリーズの発展
  4. 日本のシンセサイザーの歴史
    1. 日本初の試作機と1973年の国産機
      1. 1970年に発表された京王技術研究所の試作機
      2. 1973年のminiKORG 700
      3. 同じ1973年に登場したRoland SH-1000
      4. 1974年のヤマハSY-1
    2. KORG・Roland・Yamahaの名機
      1. KORGの歴史的なシンセサイザー
      2. Rolandの歴史的なシンセサイザー
      3. Yamahaの歴史的なシンセサイザー
      4. 日本の代表的な名機を年代順に比較
    3. 冨田勲・YMOが広めた電子音楽
      1. 冨田勲が切り開いた電子音楽
      2. 喜多郎のシンセサイザー音楽
      3. YMOが広めたテクノポップ
      4. 坂本龍一と松武秀樹の貢献
  5. 1980年代から現代までの進化
    1. DX7の登場とデジタル化・MIDI
      1. FM音源とはどんな仕組み?
      2. Yamaha DX7の特徴
      3. 1983年に登場したMIDI規格
      4. 1980年代後半のD-50とM1
      5. 1990年代以降のDTMとソフトウェア音源
      6. 2000年代以降のシンセサイザー
    2. 昔と今のシンセサイザーの違い
      1. 昔と今の機能を比較
      2. 音作りの考え方は今も受け継がれている
      3. 昔のシンセサイザーは音が悪い?
      4. 歴史を知ると現代の機能が理解しやすくなる
    3. シンセサイザーの歴史に関するよくある質問(FAQ)
  6. まとめ

シンセサイザーの歴史はいつから始まった?

シンセサイザーの歴史を理解するには、まず「シンセサイザーとは何か」を知っておくことが大切です。

シンセサイザーとは、電子回路やデジタル技術を使って音を生成・合成・加工する楽器のことです。

英語の「Synthesizer」は、「合成する」という意味の「synthesize」に由来しています。

ピアノやバイオリンのような楽器の音を再現するだけでなく、自然界にはない独特の音色を作れるのも特徴です。

例えば、柔らかく広がる音、金属的に響く音、低くうなるような音など、さまざまな音色を電子的に生み出せます。

鍵盤を備えた機種が多いものの、鍵盤がないシンセサイザーも存在します。モジュールを組み合わせるタイプや、パソコンで動作するソフトウェアシンセサイザーもあります。

つまり、重要なのは鍵盤の有無ではなく、どのような仕組みで音を作るかという点なんですね。

なお、電子音が出る楽器のすべてが、厳密にシンセサイザーと呼ばれるわけではありません。電子ピアノや電子オルガンも独自の発展を遂げており、電子楽器の分類には重なり合う部分があります。

発祥は19世紀末の電気音響技術

シンセサイザーの原型をたどると、19世紀末のアメリカに行き着きます。

その中心人物の一人が、アメリカの発明家サディウス・ケイヒル(Thaddeus Cahill)です。

ケイヒルは1890年代に、電気を利用して音楽を生み出す大型装置「テルハーモニウム(Telharmonium)」の開発を進めました。

1897年には関連技術の特許を取得し、1900年代初頭には大型装置が実用化されています。

テルハーモニウムはどんな装置だった?

テルハーモニウムは、電気機械式の仕組みで音を発生させる装置です。

回転するトーンホイールを利用して電気的な信号を作り、複数の周波数成分を組み合わせることで音色を生み出しました。

音には基本となる周波数だけでなく、さまざまな周波数成分が含まれています。これらを組み合わせるという考え方は、後の「加算合成」と呼ばれる音作りにも通じています。

テルハーモニウムは鍵盤を利用して演奏する構造を持ち、電気的に生み出した音を音楽として扱える装置でした。

さらに興味深いのは、電話回線を通じて音楽を届けようとしていたことです。

1906年にはニューヨークで公開演奏や送音事業が進められました。現在の音楽配信とは技術が異なりますが、電気通信で音楽を届ける構想がすでに存在したわけですね。

ただし、テルハーモニウムは非常に大型で、製造や運用にも大きな負担がかかる装置でした。一般家庭に置いたり、ライブ会場へ持ち運んだりするような楽器ではありません。

テルハーモニウムは世界初のシンセサイザー?

電気的な音響合成装置の先駆という意味では、世界最初期のシンセサイザーとして紹介されることがあります。

ただし、テルハーモニウムは電気機械式です。現代的な電子回路を使ったシンセサイザーとは仕組みが異なります。

20世紀前半に登場した電子楽器

20世紀に入ると、真空管などの電子技術を利用した楽器が次々に開発されました。

1915年頃には、リー・ド・フォレストによる「オーディオン・ピアノ」が登場します。真空管を利用して音を生み出す初期の電子楽器として知られています。

1920年頃には、レフ・テルミンが「テルミン」を開発しました。

テルミンは、楽器に手を触れず、アンテナと手の距離によって音程や音量を操作する電子楽器です。鍵盤を押す必要がなく、ピアノとはまったく異なる演奏方法になります。

1928年にはフランスで「オンド・マルトノ」、1930年頃にはドイツで「トラウトニウム」が登場しました。

オンド・マルトノは鍵盤やリングを利用し、滑らかな音程変化を表現できます。トラウトニウムはワイヤー式の操作方法などを特徴としていました。

こうした楽器では、音を電子的に発生させるだけでなく、演奏者が音程や音色をどのように表現するかという課題にも取り組んでいました。

1939年のNovachordが示した可能性

1939年には、アメリカのHammondから「Novachord(ノヴァコード)」が発売されました。

ノヴァコードは真空管を使った電子鍵盤楽器で、複数の音を同時に鳴らすことができました。さらに、フィルターやエンベロープを利用して音色を調整する仕組みも備えていました。

この点は、後のポリフォニックシンセサイザーと共通する特徴です。

1970年代に和音を弾けるシンセサイザーが発展したことはよく知られていますが、複数音を同時に鳴らす電子鍵盤楽器の歴史そのものは、それよりも古いのです。

このように、シンセサイザーの誕生は、一つの製品の発売年だけでは説明できません。電気で音を作る技術と、それを楽器として演奏するための工夫が、長い時間をかけて発展してきました。

世界初のシンセサイザーは何か

「世界初のシンセサイザーは何ですか?」という質問には、一つの答えだけでは不十分です。

何をシンセサイザーと定義するかによって、世界初とされる装置が変わるからです。

電気的に音を合成する装置なら1890年代のテルハーモニウム、電子回路による音の生成なら20世紀前半の電子楽器が重要です。

そして、プログラムによって音を制御する本格的な音響合成装置として登場したのが、1950年代のRCAシンセサイザーでした。

1955年のRCA Mark I

1955年、アメリカのRCAで「RCA Mark I」が開発されました。

開発に携わったのは、ハリー・オルソン(Harry F. Olson)とハーバート・ベラー(Herbert Belar)です。

電子回路によって音を作り、その音程や音量、音色などを設定情報に従って制御できました。

現在のシンセサイザーのように鍵盤を押して気軽に演奏するものではなく、電子音楽を作るための研究装置に近い存在でした。

1957年のRCA Mark II

1957年には「RCA Mark II Sound Synthesizer」が登場します。

多数の真空管を使用した大型の音響合成システムで、紙テープ状のプログラム情報を読み取り、音程、音量、音色、音の長さなどを制御しました。

その後、コロンビア大学とプリンストン大学に関係する電子音楽研究施設で利用され、ミルトン・バビットなどの作曲家による研究や作品制作に活用されました。

演奏情報を事前に指定して音楽を作るという考え方は、現代のコンピューターによる音楽制作にも通じています。

ただし、RCA Mark IIは巨大で専門知識も必要でした。一般の演奏家が自宅で楽しめるような楽器ではなかったのです。

年代 装置・楽器 歴史的な意味
1890年代 テルハーモニウム 電気的な音響合成の先駆
1915年頃 オーディオン・ピアノ 真空管による電子音生成
1920年頃 テルミン 非接触で演奏する電子楽器
1939年 Novachord 多声音と音色調整に対応
1955年 RCA Mark I プログラム制御型音響合成
1957年 RCA Mark II 電子音楽研究での音響合成
1964年 Moogのモジュラー型技術 電圧制御による実用化

つまり、世界初を考えるときには、電気的な音響合成の始まりなのか、現代的なシンセサイザーの成立なのかを区別する必要があります。

「1964年にモーグが世界初のシンセサイザーを発明した」という説明を見かけても、それ以前の電子楽器や音響合成装置が存在したことを忘れないようにしたいですね。

シンセサイザーを発明したのは誰?

シンセサイザーを作った人物として、特によく知られているのがロバート・モーグです。

ただし、モーグが最初からすべての技術を生み出したわけではありません。

それまでに蓄積された電子音響技術を、音楽家が使いやすい楽器へ発展させたことに大きな意味があります。

同じ時代にはドン・ブックラも、異なる方向から電子楽器の可能性を追求していました。

RCAからMoog・Buchlaへの発展

1950年代のRCAシンセサイザーは高度な装置でしたが、大型で複雑なため、扱うには専門的な知識や設備が必要でした。

そこで1960年代に進んだのが、音を作る機能を小さな装置に分け、それらを組み合わせて使用するという発想です。

これが「モジュラーシンセサイザー」です。

ロバート・モーグの功績

ロバート・モーグ(1934〜2005年)は、アメリカの電子楽器開発者です。

1960年代、作曲家ハーバート・ドイチュと協力しながら電子音楽用の装置を開発し、1964年には電圧によって音を制御するモジュールを発表しました。

この電圧制御方式が、現代的なアナログシンセサイザーの発展に大きく貢献しました。

発振器、フィルター、アンプなどをそれぞれモジュールに分け、パッチケーブルでつなぐことで、音の流れや制御方法を変更できました。

例えば、発振器で作った音をフィルターへ送り、その後アンプを通して音量を調整します。

こうした構成によって、演奏家や作曲家が目的に合わせて音色を組み立てやすくなりました。

アナログシンセサイザーの基本的な仕組み

代表的なアナログ減算方式の仕組みを確認しておきましょう。

機能 役割 例
オシレーター(VCO) 音の元になる波形を作る 音の高さや基本的な響きを決める
フィルター(VCF) 周波数成分を調整する 明るさや柔らかさを変える
アンプ(VCA) 音量を制御する 音を大きくしたり小さくしたりする
エンベロープ 時間による変化を設定する 立ち上がりや余韻を調整する
LFO 周期的な変化を加える ビブラートなどを作る

オシレーターは音の元になる波形を作ります。代表的な波形にはノコギリ波、矩形波、三角波、正弦波などがあります。

フィルターは周波数成分を調整する部分です。例えばローパスフィルターでは、高い周波数の成分を抑えることで音の明るさを変えられます。

エンベロープは、音が鳴り始めてから消えるまでの時間的な変化を設定します。

代表的なADSRでは、Attack(立ち上がり)、Decay(減衰)、Sustain(持続)、Release(余韻)を調整します。

例えば、鋭く鳴る音とゆっくり立ち上がる音では、エンベロープの設定が異なります。

また、LFOを使うと音程や音量などを周期的に変化させ、ビブラートやトレモロのような効果を作れます。

なお、これは代表的なアナログ減算方式の説明です。すべてのシンセサイザーが同じ回路構成を持つわけではありません。

ドン・ブックラのもう一つの開発思想

同じ1960年代には、ドン・ブックラ(Don Buchla)もモジュラー型の電子楽器を開発していました。

ブックラの開発は、サンフランシスコ周辺の実験音楽文化とも関係しています。

モーグのシンセサイザーが鍵盤演奏との結び付きを強めていった一方、ブックラは伝統的な鍵盤に限定されない操作方法を重視しました。

電子音楽は、必ずしもピアノと同じ方法で演奏する必要がないという考え方ですね。

現在でも、つまみやタッチ式の操作部分、シーケンサーなどを利用するシンセサイザーがあります。

シンセサイザーを発明した人物の整理

電気的な音響合成の先駆にはサディウス・ケイヒル、プログラム制御型装置の発展にはハリー・オルソンとハーバート・ベラー、現代的なモジュラー型の実用化にはロバート・モーグとドン・ブックラなどが貢献しました。

そのため、発明者を一人に限定するのは正確ではありません。

Minimoogが変えた音楽の世界

1960年代のモジュラーシンセサイザーには自由な音作りができる魅力がありましたが、多数のモジュールを接続する必要があり、操作には知識と手間がかかりました。

そこで1970年に登場したのが「Minimoog Model D」です。

Minimoogは、シンセサイザーを一般の演奏家にとって使いやすい楽器へ近づけた重要な製品でした。

Minimoog Model Dの特徴

Minimoog Model Dは、アナログ減算方式を採用したモノフォニックシンセサイザーです。

モノフォニックとは、基本的に一度に一つの音を鳴らす方式です。

ピアノのように和音を自由に演奏することはできませんが、ベースやメロディーを演奏する用途に適しています。

Minimoogの特徴は、鍵盤と音を作るための主要な機能が一体化されていたことです。

大型モジュラーシステムのような複雑な配線が不要で、操作パネルのつまみを動かしながら音色を調整できました。

この構造によって、シンセサイザーは実験室や電子音楽スタジオだけでなく、ライブ演奏でも活用しやすい楽器になりました。

シンセサイザーが音楽界へ広がった背景

Minimoogが登場する少し前の1968年には、ウェンディ・カルロスによるアルバム「Switched-On Bach」が発売されています。

この作品ではバッハの音楽がMoogシンセサイザーによって表現され、電子楽器がクラシック音楽にも使えることを広く示しました。

1970年代には、ロック、ジャズ、ファンク、ディスコなど、さまざまな音楽でシンセサイザーの使用が広がりました。

キース・エマーソンやリック・ウェイクマンはロック音楽にシンセサイザーを取り入れ、ハービー・ハンコックもジャズやファンクで電子楽器を活用しました。

ドイツのKraftwerkは電子楽器やシーケンサーを中心に据えた音楽で知られ、ジョルジオ・モロダーは電子的な反復音型をディスコ音楽に取り入れました。

シンセサイザーの普及が一つのジャンルだけで起こったわけではないことも重要です。さまざまな音楽分野で新しい音色が求められたことが、その発展を支えていました。

Minimoogは世界初のシンセサイザーではありません。

それ以前にも電子楽器や音響合成装置は存在しました。Minimoogの価値は、音作りの機能と演奏のしやすさを小型の本体にまとめた点にあります。

1970年代に進んだシンセサイザーの進化

1970年代は、シンセサイザーが音楽制作やライブ演奏で使われる楽器として大きく発展した時代です。

小型化や操作性の改善が進む一方で、和音を弾きたい、作った音色を保存したい、同じ音をすぐに呼び出したいといった要求も生まれました。

こうした課題への取り組みが、ポリフォニックシンセサイザーや音色メモリーの発展につながりました。

ポリフォニック化と音色メモリー

初期の小型アナログシンセサイザーには、一度に一音しか鳴らせないモノフォニック機種が多くありました。

一方、複数の音を同時に鳴らせる方式を「ポリフォニック」と呼びます。

ポリフォニックシンセサイザーでは和音演奏が可能になり、複数音を重ねた厚みのある響きや、持続するパッド音色も表現しやすくなります。

ただし、アナログ回路で複数の音を同時に発生させるには、音の数に応じた回路や制御が必要でした。そのため、初期のポリフォニック機種には大型で高価な製品もありました。

ヤマハGX-1とCS-80

1975年、ヤマハは大型の電子楽器「GX-1」を発売しました。高度なポリフォニック音源を備えた楽器です。

続く1977年には「CS-80」が登場しました。

CS-80は8音ポリフォニックのアナログシンセサイザーで、複数音の演奏に加え、鍵盤の押し込みによって音色などを変化させる仕組みも備えていました。

音色をつまみで調整するだけでなく、演奏中の指の動きで表現を変えられることが特徴です。

CS-80は当時の価格が128万円、重量が約82kgという大型の機種でした。

ヤマハの公式シンセサイザー開発史でも、GX-1からCSシリーズへの技術的な発展が紹介されています。

映画音楽で知られるヴァンゲリスが使用したシンセサイザーとしても知られています。

1978年のProphet-5

1978年には、Sequential Circuitsから「Prophet-5」が登場しました。開発を主導したのはデイヴ・スミスです。

Prophet-5は、5音ポリフォニックのアナログシンセサイザーでした。

特に重要だったのは、作成した音色をメモリーに保存し、後から呼び出せる仕組みです。

それ以前のアナログシンセサイザーでは、つまみの位置を調整して音色を作ることが一般的でした。

音色メモリーがない機種では、いったん設定を変えると以前の音色を完全に再現するのが難しい場合があります。

Prophet-5では音色をプログラムとして保存し、必要なときに呼び出せるようになりました。

ライブで曲ごとに音色を切り替えたり、録音時に同じ設定を再利用したりするうえで大きな進歩だったのです。

また、別の日に以前の音色を呼び出せれば、毎回最初から設定し直す必要も減ります。音作りと演奏・作曲を効率よく進めることにつながりました。

Roland JUPITER・JUNOシリーズの発展

ローランドも1970年代後半から1980年代にかけて、ポリフォニックシンセサイザーを発展させました。

1979年には4音ポリフォニックの「JUPITER-4」、1981年には8音ポリフォニックの「JUPITER-8」を発売しています。

1982年には、音色メモリーを備えた6音ポリフォニックの「JUNO-60」が登場しました。

こうした製品によって、シンセサイザーは単音のメロディーだけでなく、コード演奏や伴奏にも利用しやすくなりました。

モノフォニックはベースラインやリードメロディー、ポリフォニックは和音や広がりのある伴奏など、演奏目的によって役割が異なります。

ポリフォニックシンセサイザーが初めて登場したのは1970年代、という説明は正確ではありません。

1939年のNovachordなど、複数音を同時に鳴らせる電子鍵盤楽器は以前から存在しました。

1970年代の重要性は、演奏家向けのポリフォニック機種と音色メモリーなどの機能が発展したことにあります。

日本のシンセサイザーの歴史

日本では1970年代初頭から国産シンセサイザーの開発と製品化が進みました。

その後、KORG、Roland、Yamahaなどのメーカーが独自の技術を発展させ、1980年代には世界の電子楽器産業に大きな影響を与えるようになります。

また、メーカーだけでなく、電子音楽に取り組んだ日本の音楽家たちの存在も重要です。

日本初の試作機と1973年の国産機

「日本初のシンセサイザーは何ですか?」という質問も、何を基準とするかによって答えが変わります。

日本で開発された試作機なのか、実際に販売された量産製品なのか、あるメーカーの第1号機なのかを区別する必要があります。

1970年に発表された京王技術研究所の試作機

1970年11月12日、現在のKORGにつながる京王技術研究所が、第19回全日本オーディオ・フェアでシンセサイザーの試作機を発表しました。

この試作機は2段鍵盤を備え、ポリフォニックのオルガン音源とモノフォニックのシンセサイザー音源を搭載していました。

当時から和音を演奏する部分と単音の音色を作る部分を組み合わせる発想が採用されていたことがわかります。

ただし、これは試作機であり、そのまま量産販売された製品ではありません。

この開発経緯は、KORGのminiKORG 700の開発史を紹介した公式資料でも説明されています。

1973年のminiKORG 700

1973年、京王技術研究所は「miniKORG 700」を発売しました。

miniKORG 700は、KORG初の量産シンセサイザーです。

37鍵の鍵盤を備えたモノフォニック・アナログシンセサイザーで、コンパクトな一体型の本体が特徴でした。

「トラベラー」という独自の音色調整機能も備えていました。

トラベラーは、音の周波数成分を調整して音色を変化させるための仕組みです。

翌1974年には発展型の「miniKORG 700S」も登場しています。

miniKORG 700は、日本でシンセサイザーが量産製品として発展し始めたことを示す重要な機種です。

同じ1973年に登場したRoland SH-1000

ローランドも1973年に、同社初のシンセサイザー「SH-1000」を発売しました。

SH-1000は、プリセット音色を備えたモノフォニックのアナログシンセサイザーです。

用意された音色を選びながら演奏でき、音色を調整する機能も備えていました。

プリセット音色があると、複雑な設定を一から行わなくても演奏を始められます。電子音楽の専門家だけでなく、鍵盤奏者が扱うことも意識した製品でした。

ローランドの公式企業史では、SH-1000を1973年発売の同社初のシンセサイザーとして掲載しています。

また、同社の過去の公式資料には国産初と説明した例もあります。

一方、KORGにも1970年の試作機と1973年のminiKORG 700という開発史があります。

そのため、一方だけを無条件に日本初と断定するのは避けたほうが正確です。

日本初のシンセサイザーを整理すると

1970年には京王技術研究所が試作機を発表しています。

量産型の国産シンセサイザーでは、1973年のminiKORG 700とRoland SH-1000が代表的な最初期モデルです。

両製品の厳密な発売順序を同じ条件で比較できる資料が確認できないため、一方だけを日本初と断定しないことが大切です。

1974年のヤマハSY-1

1974年には、ヤマハが同社初のシンセサイザー「SY-1」を発売しました。

SY-1は、エレクトーンのソロ演奏用として開発されたモノフォニックシンセサイザーです。

1973年に完成した大型試作機GX-707で培われた音源技術が、その開発につながっています。

37鍵の鍵盤を備え、発売当時の価格は20万円、重量は12kgでした。

SY-1はヤマハの重要な第1号機ですが、日本全体で初めて登場したシンセサイザーという意味ではありません。

KORG・Roland・Yamahaの名機

1970年代から1980年代にかけて、日本の電子楽器メーカーは独自のシンセサイザーを次々に発表しました。

それぞれ、音作りの仕組みや演奏方法、音楽制作への対応などで異なる方向へ発展しています。

KORGの歴史的なシンセサイザー

KORGはminiKORG 700からスタートし、アナログ音源やモジュラー型の技術を発展させました。

1970年代後半にはPSシリーズのポリフォニックシンセサイザーが登場します。

1978年には「MS-10」と「MS-20」が発売されました。

MS-20は、パッチケーブルを利用して音の制御方法を変更できるアナログシンセサイザーです。各部分のつながりを変えることで、多様な音色を作れました。

1988年にはデジタルシンセサイザー「M1」が登場します。

M1はPCM波形を利用した音源に加え、デジタルエフェクトや8トラックシーケンサーを内蔵していました。

1台で演奏だけでなく楽曲制作も進められる「ミュージックワークステーション」の代表的な製品です。

Rolandの歴史的なシンセサイザー

ローランドは1972年に梯郁太郎によって設立され、翌1973年のSH-1000からシンセサイザーの歴史が始まります。

1976年には大型モジュラーシンセサイザー「SYSTEM-700」を発売しました。

その後、JUPITERシリーズやJUNOシリーズなどを発展させています。

1981年の「JUPITER-8」は8音ポリフォニック、1984年の「JUNO-106」はMIDIに対応した6音ポリフォニックシンセサイザーです。

JUNO-106ではアナログ音源をデジタル制御しており、音を作る方式と制御する方式が必ずしも同じではないことがわかります。

1987年には「D-50」が登場しました。

D-50はローランド初のフルデジタルシンセサイザーで、PCM系の波形素材と音響合成技術を組み合わせるLA音源を採用しています。

Yamahaの歴史的なシンセサイザー

ヤマハは、エレクトーンなどで培った電子楽器技術を背景に発展しました。

1974年のSY-1、1975年のGX-1、1977年のCS-80と、アナログ音源の技術を高度化させています。

1982年には小型の「CS01」が登場しました。電池駆動に対応し、スピーカーも内蔵していた機種です。

1983年にはデジタルFM音源を採用した「DX7」が発売されます。

DX7は、それまでのアナログシンセサイザーとは異なる音作りによって、1980年代の音楽制作に大きな影響を与えました。

その後も2001年のMOTIFシリーズ、2016年のMONTAGEなど、音楽制作や演奏に対応する製品を展開しています。

日本の代表的な名機を年代順に比較

発売年 機種 メーカー 主な特徴
1973年 miniKORG 700 KORG アナログ・モノフォニック
1973年 SH-1000 Roland プリセットを備えたアナログ機
1974年 SY-1 Yamaha ヤマハ初のシンセサイザー
1975年 GX-1 Yamaha 大型ポリフォニック電子楽器
1977年 CS-80 Yamaha 8音ポリフォニック
1978年 MS-20 KORG パッチ接続による音作り
1981年 JUPITER-8 Roland 8音ポリフォニック
1982年 JUNO-60 Roland 6音ポリフォニック・音色メモリー
1983年 DX7 Yamaha デジタルFM音源
1984年 JUNO-106 Roland MIDI対応アナログ音源
1987年 D-50 Roland デジタルLA音源
1988年 M1 KORG PCM系ワークステーション

この年表を見ると、1970年代はアナログ音源や演奏機能、1980年代はデジタル音源や音楽制作機能の発展が目立ちます。

もちろん、アナログからデジタルへ一斉に切り替わったわけではありません。複数の方式が並行して発展してきたのです。

冨田勲・YMOが広めた電子音楽

日本の歴史では、楽器を開発したメーカーと同じくらい、その音を音楽として届けた人々の存在も重要です。

新しい装置を作るだけでなく、その音でどんな音楽を表現できるのかを示す作品が、普及を支えました。

冨田勲が切り開いた電子音楽

作曲家の冨田勲(1932〜2016年)は、日本のシンセサイザー音楽を語るうえで欠かせない人物です。

1970年頃からシンセサイザーによる音楽制作に取り組み、1971年にはMoogシンセサイザーを個人輸入しました。

自宅に電子音楽の制作環境を構築し、音色を一つずつ作り込みながら多重録音による作品を制作しています。

多重録音とは、演奏した音を録音し、その上に別の演奏を重ねていく方法です。

モノフォニックのシンセサイザーでも、何度も録音を重ねれば、多くの音を組み合わせた音楽を作れます。

1974年には、ドビュッシーの作品をシンセサイザーで表現したアルバム「月の光」を発表しました。

この作品は海外でも評価され、グラミー賞の4部門にノミネートされています。

冨田勲の活動は、シンセサイザーが既存の楽器を単に真似するものではなく、独自の音響空間を生み出せる楽器であることを広く示しました。

喜多郎のシンセサイザー音楽

喜多郎も、日本のシンセサイザー音楽の発展に貢献した音楽家です。

シンセサイザーによる音色を中心に、情景を感じさせる独自の音楽を制作してきました。

「シルクロード」に関連する音楽などを通じて、電子楽器の音を幅広い音楽ファンに届けています。

シンセサイザーは機械的なリズムや未来的な効果音だけを作る楽器ではありません。柔らかな持続音や空間的な響きを使い、ゆったりとした音楽も表現できます。

YMOが広めたテクノポップ

1978年には、細野晴臣、高橋幸宏、坂本龍一によるYellow Magic Orchestra(YMO)が結成されました。

YMOはシンセサイザーやシーケンサーなどを積極的に活用し、電子的な音色とリズムを中心にしたポップミュージックを発展させました。

代表曲には「RYDEEN」「TECHNOPOLIS」「TONG POO」などがあります。

シーケンサーとは、音を鳴らす順番やタイミングなどを設定し、自動的に演奏させるための機器や仕組みです。

一定のパターンを正確に繰り返すことができ、電子音楽の特徴的なリズムやフレーズを作るうえで重要でした。

YMOは、シンセサイザーをポップミュージックの中心で使える楽器として広く認知させました。

ただし、日本でシンセサイザーを使い始めたのがYMOというわけではありません。冨田勲をはじめ、YMO以前にも電子音楽に取り組んだ音楽家が存在しました。

坂本龍一と松武秀樹の貢献

坂本龍一(1952〜2023年)は、シンセサイザーとアコースティック楽器を組み合わせるなど、幅広い音楽表現に取り組みました。

1984年のソロアルバム「音楽図鑑」では、ヤマハDX7も使用しています。

なお、YMOが結成された1978年にはDX7はまだ発売されていません。YMO結成当初からDX7を使っていたと考えないように注意しましょう。

松武秀樹はシンセサイザー・プログラマーとして、冨田勲やYMOに関係する音楽制作を支えました。

シンセサイザーは演奏技術だけでなく、音色や自動演奏の仕組みを設定する技術も重要です。

松武秀樹の活動は、電子音楽制作における専門的な役割の大切さを示しています。

日本での普及はメーカーと音楽家の両方が支えた

KORG、Roland、Yamahaなどによる製品開発と、冨田勲、喜多郎、YMOなどによる音楽表現が重なり、日本のシンセサイザー文化は発展しました。

1980年代から現代までの進化

1980年代に入ると、シンセサイザーの歴史は新しい段階を迎えます。

アナログ回路を中心とした音作りに加え、デジタル技術を利用した音源が広く普及するようになりました。

さらに、異なるメーカーの電子楽器を接続するためのMIDI規格も登場します。

これらの変化は音色だけでなく、音楽の作り方そのものにも影響を与えました。

DX7の登場とデジタル化・MIDI

1983年、ヤマハから「DX7」が発売されました。

DX7は、シンセサイザーのデジタル化を語るうえで代表的な製品です。

ただし、デジタルシンセサイザーの研究や開発はDX7以前から行われていました。

DX7が重要なのは、デジタルFM音源を搭載したシンセサイザーを、音楽制作や演奏の場へ広く普及させたことです。

FM音源とはどんな仕組み?

FM音源は、周波数変調を利用して音を作る方式です。

英語では「Frequency Modulation Synthesis」と呼ばれます。

ある発振器の周波数を別の信号によって変化させることで、複雑な音の成分を生み出します。

この方式の発展に大きく貢献したのが、アメリカの作曲家・研究者ジョン・チョウニングです。

チョウニングは1960年代にFM音響合成の研究を進めました。

その技術をもとにヤマハが1970年代から実用化に取り組み、1983年のDX7へとつながっていきます。

FM音源は、ベルのような金属的な響きやエレクトリックピアノなど、さまざまな音色作りに利用できます。

アナログ減算方式が元になる波形から周波数成分を調整する方法を中心とするのに対し、FM音源は発振器同士の変調によって複雑な音色を作ります。

Yamaha DX7の特徴

DX7は61鍵を備えたデジタルシンセサイザーで、同時に16音まで発音できました。

音源には6オペレーターのFM方式を採用しています。

オペレーターとは、FM音源の中で波形の生成や変調を担う基本的な要素です。

また、DX7は音色メモリー、鍵盤のタッチによる演奏表現、MIDIへの対応なども備えていました。

エレクトリックピアノ、ベル、シンセベース、ブラス系の音色などは、DX7を語る際によく取り上げられます。

ヤマハの公式技術開発史でも、1983年のDX7が音楽シーンに与えた影響を紹介しています。

ただし、DX7が世界初のデジタルシンセサイザーだったわけではありません。デジタルFM音源を広く普及させた代表機と理解するのが正確です。

1983年に登場したMIDI規格

DX7が発売された1983年は、MIDI規格が実用化された年でもあります。

MIDIとは「Musical Instrument Digital Interface」の略で、電子楽器同士が演奏情報をやり取りするための共通規格です。

それ以前の電子楽器では、メーカーや機種によって接続方法が異なり、機器を組み合わせる際に制約がありました。

MIDIが普及したことで、異なるメーカーの電子楽器でも共通の規格を使って連携しやすくなりました。

例えば、あるシンセサイザーの鍵盤を弾いて別の音源を鳴らしたり、演奏情報をシーケンサーへ記録して後から編集したりできます。

ここで覚えておきたいのは、MIDIは基本的に音声ではなく演奏情報を伝える規格だということです。

鍵盤でどの音を押したか、どのくらいの強さで弾いたかなどの情報を伝える仕組みなので、録音された音声データとは異なります。

同じMIDI演奏情報を別の音源で再生すれば、音程やタイミングを保ちながら音色を変えることもできます。

MIDIの実用化には、Sequential Circuitsのデイヴ・スミスやローランドの梯郁太郎をはじめ、日本と海外の電子楽器メーカーが関わりました。

1983年には、Sequential CircuitsのProphet-600とRolandのJUPITER-6を用いた異なるメーカー間のMIDI通信の実演も行われています。

ローランドのJUPITER-6とJX-3Pは、MIDI史に関係する重要な電子楽器として、2024年度の国立科学博物館の重要科学技術史資料にも登録されました。

1980年代後半のD-50とM1

DX7とMIDIの登場以降、デジタル音源と音楽制作機能の発展はさらに進みます。

1987年にはRoland D-50が登場しました。

D-50はLA音源を採用し、PCM系の波形素材とデジタル音響合成を組み合わせた音作りを特徴としています。

翌1988年にはKORG M1が発売されました。

M1では、PCM波形を利用した音源、デジタルエフェクト、8トラックシーケンサーなどが一体化されました。

音色を作る、演奏する、楽曲を組み立てるという作業を、1台で進めやすくしたのです。

シンセサイザーがメロディーを弾くだけの楽器ではなく、伴奏やリズムを含む楽曲制作を支える存在になっていきました。

1990年代以降のDTMとソフトウェア音源

1990年代には、パソコンを利用した音楽制作がさらに広がりました。

日本では、パソコンを中心とした音楽制作を「DTM(Desktop Music)」と呼ぶことが一般的です。

1988年に登場したローランドの「ミュージくん」も、日本でDTMというスタイルが広まるきっかけの一つになりました。

MIDIシーケンスソフトを使えば、鍵盤で入力した演奏情報を編集し、外部音源で再生できます。

その後、パソコンの処理能力や音声技術の発展とともに、ソフトウェアシンセサイザーも普及しました。

ソフトウェアシンセサイザーは、専用の電子楽器本体を使わず、パソコン内部で音を生成する仕組みです。

現在ではDAWと呼ばれる音楽制作ソフトの中で、さまざまなソフトウェア音源を利用できます。

アナログ減算方式を再現するもの、FM音源、ウェーブテーブル音源、物理モデリングなど、音作りの方式も多様化しています。

音色設定を保存し、制作中の楽曲と一緒に管理できることもソフトウェア音源の特徴です。

2000年代以降のシンセサイザー

2000年代以降はソフトウェアシンセサイザーの利用が広がる一方、アナログシンセサイザーへの関心も続いています。

つまみを直接操作して音色を変える方法や、モジュールを組み合わせて音を作る方法は現在も利用されています。

モジュラーシンセサイザーでは、Eurorackなどの形式が広く使われています。

また、Minimoog Model DやminiKORG 700系のように、歴史的な機種を復刻する流れもあります。

ただし、復刻版とオリジナル機では回路や部品、搭載機能などが異なる場合があります。

現在ではアナログ回路を使う機種、デジタル音源を使う機種、両者を組み合わせた機種などが存在します。

過去の技術を置き換えるだけでなく、さまざまな音源方式が共存する楽器になっているのです。

昔と今のシンセサイザーの違い

昔のシンセサイザーと現在の機種には、音源方式、同時発音数、音色メモリー、音楽制作機能などの違いがあります。

ただし、昔の機種が必ず劣っていて、新しい機種がすべて優れているというわけではありません。

何を演奏したいか、どのような音を作りたいかによって求める機能は変わります。

昔と今の機能を比較

比較項目 昔の代表的な傾向 現在の代表的な傾向
音源方式 アナログ回路を中心とする機種が多い アナログ・デジタル・ソフトウェアが共存
同時発音数 モノフォニックの小型機も多い 用途に応じて単音・多声音を選べる
音色メモリー 保存できない機種も多かった 保存・呼び出しに対応する機種が多い
操作方法 つまみやパッチケーブルで直接調整 直接操作と画面・メニュー操作などが併存
機器の大きさ 大型システムや重量級の機種が存在 小型機やパソコン内音源も利用できる
外部機器との接続 機種固有の制御方式などが利用された MIDI・USB・DAWとの連携が可能
音楽制作 多重録音や専用シーケンサーを使用 パソコンによる録音・編集・音源管理が可能

音作りの考え方は今も受け継がれている

機能が進歩しても、音を作るための基本的な考え方は現在も受け継がれています。

例えば、オシレーターで作った音をフィルターで加工し、エンベロープで音の変化を設定するという方法です。

これは1960年代から1970年代のアナログシンセサイザーで重要だった考え方ですが、現在のソフトウェアシンセサイザーでも利用されています。

昔の仕組みを知ることは、今の音作りを理解するうえでも役立つんですね。

また、モジュラーシンセサイザーも現在まで使われ続けています。必要なモジュールを組み合わせて音作りを追求する方法は、1960年代の発想とつながっています。

昔のシンセサイザーは音が悪い?

昔のシンセサイザーについて、「古いから音が悪いのでは?」と思う方もいるかもしれません。

しかし、音の良し悪しは製造年代や音源方式だけでは決まりません。

アナログ回路による音色を好む人もいれば、デジタル音源の幅広い表現や音色の再現性を重視する人もいます。

また、同じアナログ方式でも回路設計によって音色の特徴が異なります。

ヴィンテージ機器を検討する場合は、音色だけでなく、保存状態、修理履歴、部品の状態、接続方法なども確認する必要があります。

復刻版やソフトウェアによる再現製品もありますが、オリジナル機とすべての回路や機能が同一とは限りません。

現在の価格や販売状況は変動するため、実際に購入を考える場合は公式情報や販売条件を確認してください。

自分の目的に必要な機能があるか、継続して無理なく使えるかを基準に考えることが大切です。

歴史を知ると現代の機能が理解しやすくなる

現在のシンセサイザーに音色メモリーがある背景には、以前のアナログ機では同じ音色を再現することが難しかったという事情があります。

ポリフォニック機能が重要なのは、初期の小型機には和音を弾けないものが多かったからです。

MIDIが便利なのは、かつて異なるメーカーの電子楽器を接続することに制約があったためです。

そしてソフトウェアシンセサイザーは、音響合成をデジタル演算で実現できる技術の発展によって利用しやすくなりました。

こうして見ると、シンセサイザーの歴史は単なる古い楽器の話ではありません。

今使える機能が、どのような問題を解決するために生まれたのかを理解する手がかりでもあります。

これから始める方は、歴史上の名機をすべて覚える必要はありません。

単音の演奏ならモノフォニック、和音ならポリフォニック、パソコンで音楽を作るならMIDIやソフトウェア音源というように、自分の目的と機能を結び付けると理解しやすくなります。実際に演奏や音作りを基礎から学びたい場合は、シンセサイザーを学べるEYS音楽教室のようなレッスンを利用する方法もあります。

シンセサイザーの歴史に関するよくある質問(FAQ)

Q1. シンセサイザーは何年に発明されたのですか?

A. シンセサイザーには、一つに限定できる発明年はありません。

電気的な音響合成の原型は19世紀末にさかのぼります。1950年代にはRCAの大型音響合成装置が登場し、1960年代にはMoogやBuchlaによって現代的なモジュラーシンセサイザーが発展しました。

一般の演奏家向けの鍵盤型シンセサイザーが広がる重要な時期は1970年代です。

Q2. シンセサイザーを最初に作ったのはロバート・モーグですか?

A. ロバート・モーグは現代的なシンセサイザーの発展に大きく貢献しましたが、電子的な音響合成の技術を最初に発明した人物ではありません。

それ以前にもテルハーモニウムやRCAシンセサイザーなどが存在しました。

モーグの大きな功績は、電圧制御式のモジュラーシンセサイザーを発展させ、演奏家が使いやすい楽器へ進化させたことです。

Q3. 日本初のシンセサイザーは何ですか?

A. 試作機と量産製品で答えが異なります。

1970年には京王技術研究所がシンセサイザーの試作機を発表しています。

量産型の国産シンセサイザーでは、1973年に登場したKORGのminiKORG 700とRoland SH-1000が代表的な最初期モデルです。

1974年のYamaha SY-1はヤマハ初のシンセサイザーであり、日本全体で最初という意味ではありません。

Q4. 昔のシンセサイザーは和音を弾けなかったのですか?

A. 昔のシンセサイザーがすべて単音しか鳴らせなかったわけではありません。

1970年代初頭の小型アナログシンセサイザーにはモノフォニック機種が多くありましたが、1939年のNovachordなど、複数音を同時に鳴らせる電子鍵盤楽器も存在しました。

1970年代後半にはCS-80やProphet-5など、演奏家向けのポリフォニックシンセサイザーが発展しています。

Q5. デジタルシンセサイザーは1983年のDX7から始まったのですか?

A. いいえ。デジタル音響合成の研究はDX7以前から進められていました。

1983年のヤマハDX7は、デジタルFM音源を搭載したシンセサイザーを広く普及させた代表的な製品です。

同じ1983年にはMIDI規格も実用化され、電子楽器同士を連携させる音楽制作が発展しました。

まとめ

シンセサイザーの歴史は、19世紀末の電気的な音響生成技術から始まり、長い時間をかけて発展してきました。

一人の発明家が完成させた楽器ではなく、さまざまな時代の技術者や音楽家が新しい音を追求した結果として、現在の姿になっています。

シンセサイザーの歴史で覚えておきたいポイント

  • 1890年代:テルハーモニウムなど、電気的に音を作る技術が発展
  • 1950年代:RCA Mark I・IIによってプログラム制御型の音響合成が進化
  • 1960年代:ロバート・モーグやドン・ブックラがモジュラー型の発展に貢献
  • 1970年:Minimoogが小型鍵盤型シンセサイザーの普及を後押し
  • 1973年:日本でminiKORG 700とRoland SH-1000が登場
  • 1970年代後半:ポリフォニック化や音色メモリーが発展
  • 1983年:ヤマハDX7の登場とMIDI規格の実用化
  • 1980年代後半:Roland D-50やKORG M1など、デジタル音源と制作機能が発展
  • 1990年代以降:DTMやソフトウェアシンセサイザーの利用が拡大
  • 現在:アナログ、デジタル、ソフトウェアなど多様な方式が共存

日本ではKORG、Roland、Yamahaなどのメーカーが技術の発展を支え、冨田勲やYMOをはじめとする音楽家が電子音楽の魅力を広めました。

こうした歴史を知ると、現在のシンセサイザーに備わっている音色メモリーやポリフォニック機能、MIDIなどが、なぜ生まれたのかも理解しやすくなります。

シンセサイザーは、昔の技術をすべて捨てて新しくなった楽器ではありません。過去の音作りの方法を受け継ぎながら、表現の可能性を広げ続けてきた楽器です。