サックスはジャズを象徴する楽器のひとつですが、その誕生はジャズよりずっと前、19世紀のヨーロッパまでさかのぼります。
「サックスはいつできたの?」「サックスを作った人は誰?」「サックスはどこの国の楽器?」「発祥の地はベルギーなのかフランスなのか」と調べていくと、1841年、1842年、1846年、ベルギー、フランスなど複数の答えが出てくるので、少しややこしく感じますよね。
でも、これは資料がすべて矛盾しているわけではありません。発明者の故郷、初期研究が行われた場所、実物が公開された時期、本格的な開発拠点、特許化された時期を分けて考えると、サックスの歴史はかなり整理しやすくなります。
先に大きな流れを言えば、サックスは現在のベルギー・ディナンに生まれた楽器製作家アドルフ・サックスが1830年代末ごろから研究し、1840年代初頭には原型が姿を現し、その後フランス・パリで改良と体系化を進め、1846年に特許化された楽器です。
この記事では、サックスがいつ、誰によって、どこの国で作られたのかだけでなく、なぜこのような楽器が必要とされたのか、なぜ金属製なのに木管楽器なのか、そして吹奏楽・クラシック・ジャズへどのように広がっていったのかまで順番に見ていきます。
- サックスを作った人物とその生い立ち
- 「1846年に発明された」という説明の正しい捉え方
- ベルギーとフランスのどちらが発祥地なのか
- サックスが作られた目的と基本構造
- サックス・ファミリーがどのように形作られたのか
- 軍楽・吹奏楽・クラシックからジャズへ広がった歴史
サックスの歴史をまず簡単に整理

細かな年表へ進む前に、「誰が・いつ・どこで」という3点を先に整理しておきましょう。
サックスの歴史で最も有名な年は1846年です。しかし、1846年になって初めてサックスという楽器が突然作られたわけではありません。
サックスにつながる研究は1830年代末ごろには始まっており、1841年には新しい楽器がベルギーの産業博覧会で提示され、1842年にはパリで「Saxophon」と呼ばれる楽器が音楽家の間で知られるようになっています。
1846年が重要なのは、アドルフ・サックスがそれまで開発してきたサクソフォン・ファミリーについて、フランスで特許を出願した年だからです。
サックスの歴史をひと言で整理すると、ベルギー出身のアドルフ・サックスが1830年代末から考案・試作し、1840年代初頭に姿を現し、フランス・パリで本格的に完成度を高め、1846年に特許化した楽器です。
つまり、「1846年に発明された」という説明は完全な間違いではありませんが、かなり簡略化した表現です。
「いつできた?」に対して一つの年だけを答えるなら1846年が使われやすいものの、実際には研究、試作、公開、改良、特許化という複数の段階を経て誕生したと考えるのが適切です。
サックスを作った人はアドルフ・サックス
サックスを作った人は、アドルフ・サックス(Adolphe Sax)です。
正式名はアントワーヌ=ジョゼフ・サックス(Antoine-Joseph Sax)。一般にはアドルフ・サックスの名で知られています。
1814年11月6日、ディナンで生まれました。現在の地図で言えばベルギーにあたります。
ただし、アドルフ・サックスが生まれた1814年には、現在のベルギーという国家はまだ成立していません。そのため歴史的により慎重に書くなら、「現在のベルギー・ディナン生まれ」とするのがわかりやすい表現です。
ディナン市も現在、アドルフ・サックスを同地出身のサックス発明者として紹介しており、町ではその文化的遺産が大切にされています。詳しく確認したい場合は、ベルギー・ディナン市のアドルフ・サックス関連情報も参考になります。
アドルフの父シャルル=ジョゼフ・サックスも楽器製作家でした。そのためアドルフは子どものころから、木管楽器や金管楽器が身近にある環境で育っています。
父の工房で製作技術に触れながら、単に既存の楽器を作るだけではなく、「もっと音程を安定させられないか」「もっと響きを豊かにできないか」「演奏しやすくできないか」といった改良にも早くから関心を持つようになりました。
サックスの発明だけを見ると「新しい楽器を一本作った天才」という印象になりやすいのですが、実際のアドルフ・サックスは管楽器全体の設計や音響に強い関心を持った発明家・楽器製作家です。
バスクラリネットの改良に取り組んだほか、サクソルン、サクソトロンバなど、複数の楽器群や機構にも関係しています。
なお、サックスとサクソルンは名前が似ているため混同されることがありますが、別の楽器です。サックスはシングルリードで音を出す木管楽器、サクソルンは唇を振動させて発音する金管楽器の仲間です。
同じアドルフ・サックスが関係しているため名前に「Sax」が入っていますが、発音原理まで同じというわけではありません。
アドルフ・サックスは1842年にパリへ移り、その後の活動の中心をフランスへ移します。1843年には楽器製作工房を構え、そこでサックスを含む多くの楽器の製造・改良を進めました。
1894年2月7日にパリで亡くなっています。
サックスの歴史を知るときは、アドルフ・サックスを単なる「名前の由来になった人物」ではなく、19世紀の管楽器製作そのものに大きな影響を与えた人物として捉えると理解しやすいですよ。
サックスはいつできたのか
「サックスはいつできたのか」という質問への答えは、実は何をもって「できた」とするかで変わります。
特許を基準にするなら1846年。原型や試作まで含めるなら1830年代末から1840年代初頭。人前に示された記録を重視するなら1841年や1842年も重要です。
この違いを知らないまま資料を読むと、「1839年に発明」「1841年に誕生」「1842年に発明」「1846年に発明」といった説明がバラバラに見えてしまいます。
実際には、これらはサックス誕生の異なる段階を示していると考えると整理できます。
| 時期 | サックスの歴史上の意味 | 読み方 |
|---|---|---|
| 1838~1840年ごろ | サックスにつながる研究が始まる | 発明の準備・研究段階 |
| 1839年 | 後の低音サックスにつながる可能性がある楽器の記録 | 原型の存在を示す時期 |
| 1841年 | ベルギーの産業博覧会で新しい楽器を提示 | 楽器として実体を持っていたことがわかる時期 |
| 1842年 | パリで「Saxophon」として紹介される | 音楽界に知られ始めた時期 |
| 1846年 | フランスでサクソフォン・ファミリーの特許を出願 | 一般に「サックス誕生年」とされやすい基準 |
この流れから見ると、「1846年にアドルフ・サックスが突然アイデアを思いつき、その日にサックスを完成させた」というイメージは正確ではありません。
1830年代末から試行錯誤が続き、1841~1842年ごろには実際に演奏できる楽器として姿を現し、1846年に特許という形で体系化されたと捉えるといいでしょう。
学校のレポートなどで短く答えるなら、「アドルフ・サックスが1840年代前半に開発し、1846年にフランスで特許化した」と書くと大きな誤解を避けやすくなります。
サックスはどこの国で生まれたのか
「サックスはどこの国の楽器?」と調べると、ベルギーとフランスの両方が登場します。
ここも、どちらか一方が完全に間違っているわけではありません。
発明者アドルフ・サックスが生まれたディナンは現在のベルギーです。また、サックスにつながる初期研究や試作もベルギー側で進みました。
一方、アドルフ・サックスは1842年にフランス・パリへ活動拠点を移します。パリで有力な音楽家に新しい楽器を紹介し、1843年には工房を設立。さらにサックス・ファミリーを本格的に発展させ、1846年の特許もフランスで出願しました。
ベルギー:アドルフ・サックスの故郷であり、初期研究が始まった土地。
フランス:パリで本格的な開発・製造・音楽界への普及が進み、特許化された国。
そのため、「サックスはベルギーの楽器です」とだけ言うとパリでの重要な開発史が抜けますし、「フランス人がフランスで発明した楽器です」と言うと発明者の出自が不正確になります。
最も誤解が少ないのは、「現在のベルギー出身のアドルフ・サックスが考案し、フランス・パリで本格的に完成させて特許化した楽器」という説明です。
サックス誕生までの歴史

ここからは、サックスがどのような過程で形になったのかをもう少し詳しく追っていきます。
現在のアルトサックスやテナーサックスは、設計も演奏方法もかなり洗練されています。しかし、最初から現在と同じ完成形が存在していたわけではありません。
アドルフ・サックスは既存の低音管楽器を研究しながら、新しい発音構造や管体の形を試し、次第に一つの楽器だけではなく高音から低音まで共通する「ファミリー」という発想へ発展させていきました。
1830年代末に研究が始まる
サックスにつながる研究が始まった時期について、パリの音楽博物館系資料では1838~1840年ごろと整理されています。
このころアドルフ・サックスが特に取り組んでいたものの一つが、バスクラリネットなど低音域の管楽器の改良です。
19世紀前半の管楽器では、低音になるほど音量、音程、音の立ち上がり、操作性などに改善の余地がありました。
特に軍楽や大人数の合奏では、低音をしっかり支えながら、旋律にも対応できる楽器が求められます。
アドルフ・サックスは、木管楽器のようにリードを使って細かな動きに対応でき、それでいて金管楽器のような力強さを持つ新しい低音楽器の可能性を追求していきました。
1839年には、ブリュッセルの博覧会で後のバスサックスにつながる可能性がある金属製低音楽器が展示されたとする記録があります。
ただし、この段階の楽器について「1839年に現在のサックスが完成した」と断定するのは慎重であるべきです。
初期の試作品は名称も構造も変化しており、現在のアルト、テナー、バリトンなどとそのまま対応させられるとは限らないからです。
サックスの「発明日」は1日に決めにくいという点が重要です。1830年代末の研究、1841年の公開、1842年のパリでの紹介、1846年の特許化を経て、段階的にサックスという楽器が成立していきました。
この「段階的に誕生した」という見方は、サックスの歴史を理解するうえでかなり大切です。
たとえば自動車や飛行機のような技術でも、最初のアイデア、試作品、人前で動いた時点、量産できる形、特許取得など、どこを誕生と呼ぶかで年が変わります。サックスもそれに近く、一つの日付だけで全過程を表すのは難しいわけです。
1841年から1842年に姿を現す
1841年になると、後のサックスにつながる楽器の存在がかなり明確になります。
ベルギーの産業博覧会で、アドルフ・サックスが新しい楽器を審査員へ提示しました。
パリの音楽博物館による解説では、発明内容を明らかにしすぎないため、カーテンの向こう側で楽器を提示したという逸話も紹介されています。
少なくともこの段階で、「まだ頭の中にしかないアイデア」ではなく、実際に鳴らせる新しい楽器が存在していたことになります。
そして1842年は、サックスの歴史でさらに重要な年です。
アドルフ・サックスはパリへ進出し、作曲家エクトル・ベルリオーズをはじめとする音楽家たちへ新しい楽器を紹介しました。
ベルリオーズは1842年6月12日の新聞「Journal des débats」で「Saxophon」と呼ばれる新しい楽器について取り上げ、その音色の豊かさや柔らかさ、力強さなどを高く評価しています。
この記録が重要なのは、1846年の特許より数年前に「Saxophon」という名称を持つ実用的な楽器がすでに音楽界へ紹介されていたことがわかるからです。
アドルフ・サックスは1842年にパリへ活動拠点を移し、翌1843年には自らの楽器製作工房を設立します。
パリは当時、作曲家、演奏家、オーケストラ、劇場、軍楽関係者、楽器製作家などが集まるヨーロッパの重要な音楽都市でした。
そこで有力な音楽家へ楽器の存在を知ってもらえたことは、サックスが単なる試作品から実際に使われる楽器へ発展するうえで大きかったと考えられます。
1844年ごろにはサックスが作品や演奏会で使われた初期例も現れ、少しずつ「珍しい発明品」から「音楽で使える新しい楽器」へ進んでいきます。
1846年にフランスで特許化
そして1846年、サックスの歴史を語るうえで欠かせない特許が登場します。
アドルフ・サックスは1846年3月21日、フランスで「サクソフォンと呼ばれる管楽器のシステム」に関する特許を出願しました。
特許番号は3226、資料番号では1BB3226として確認されています。
ここで注目したいのが、「一本のサックス」ではなく楽器のシステム、つまり複数の音域を持つ一族として特許化されたという点です。
アドルフ・サックスの発想は、単に「変わった音のする新しい低音楽器を作ろう」というところで終わりませんでした。
高音から低音まで、似た発音原理と設計思想、統一感のある音色を持つ楽器群として整えることで、軍楽隊や吹奏楽、さらにはオーケストラの中で一つのセクションとして使えるようにしようとしたわけです。
パリの音楽博物館でも、1838~1840年ごろの研究、1841年の公開、1842年のベルリオーズによる紹介、1846年3月21日の特許という流れが紹介されています。詳しい歴史や初期設計を確認したい場合は、Philharmonie de Parisのサクソフォン史料が参考になります。
インターネットでは「1846年6月28日にサックスが発明された」「6月28日がサックスの誕生日」とする説明も多く見つかります。
ただし、6月については資料によって20日、22日、28日など異なる日付が記載されています。
一方、フランス特許資料で確認しやすいのが1846年3月21日の出願です。
そのためこの記事では、「1846年3月21日にフランスで特許を出願し、1846年に特許化された」という整理を基本にしています。
覚え方:1846年3月21日は「突然サックスを思いついた日」ではなく、それ以前から開発してきたサックス・ファミリーを特許として正式に出願した重要な日です。
1841年や1842年にすでに実物が存在している以上、「3月21日の朝に発明してその日に完成した」といった意味ではありません。
サックスは、何年にもわたる試作と改良が一つの特許へ結びついた楽器なのです。
サックスはなぜ作られたのか

では、そもそもアドルフ・サックスはなぜ新しい楽器を作ろうとしたのでしょうか。
ここを知ると、サックスの形や音の特徴がかなり理解しやすくなります。
19世紀前半の軍楽や吹奏楽では、木管楽器と金管楽器の間に、音量や音色の性格の違いがありました。
木管楽器は細かな音の動きや旋律表現を得意としますが、当時の屋外演奏では金管楽器に比べて音量面で不利になる場面があります。
一方、金管楽器は力強く遠くまで届く音を出しやすいものの、木管楽器と同じ発音構造ではありません。
そこで求められたのが、木管楽器の柔軟性と金管楽器の力強さの間を埋められるような楽器でした。
特に低音域では、十分な音量を持ちながら素早い動きや旋律にも対応できる楽器には、大きな可能性がありました。
アドルフ・サックスはこうした課題に対し、既存の楽器を少し改良するだけでなく、新しい発音・管体設計を組み合わせた楽器を作ろうとしたわけです。
木管と金管をつなぐ設計思想
サックスの基本構造を見ると、その狙いがよくわかります。
口元にはクラリネットのようなマウスピースがあり、そこに1枚のリードを取り付けます。
奏者が息を入れるとリードが振動し、その振動によって管の中の空気が振動して音になります。
一方、本体は一般的に真鍮などの金属で作られ、管は円筒ではなく先へ向かって広がる円錐形です。
さらに音孔を指で直接ふさぐのではなく、多数のキーを使って開閉します。
こうして見ると、サックスは既存楽器の単純なコピーではありません。
- クラリネットに近いシングルリード
- 金属製の管体
- 円錐形に広がる管
- 複雑な音孔を操作するキー機構
- 高音から低音まで共通するファミリー構想
こうした特徴を組み合わせることで、音量がありながら柔らかい弱音も出せ、旋律楽器としても動ける独特の管楽器になりました。
軍楽隊のように屋外で演奏する場面では、音がしっかり届くことは大切です。
しかし、ずっと大きな音しか出せない楽器では音楽表現が限られてしまいます。
強い音から弱い音まで変化させられ、旋律にも和声にも低音にも使えること。この幅の広さがサックスの大きな特徴です。
またアドルフ・サックスは、音域の異なる複数のサックスを同じ考え方で設計しました。
これは弦楽器でヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバスが異なる音域を担当するのに少し似ています。
高音から低音まで似た音色の楽器をそろえれば、合奏全体に統一感を持たせることができます。
サックス四重奏が一つの楽器のようなまとまりを感じさせることがあるのも、もともと同じ設計思想を持つファミリーとして考えられた背景と無関係ではありません。
サックスの発明は、「クラリネットを金属で作っただけ」でも「金管楽器にキーを付けただけ」でもありません。木管と金管それぞれの長所を意識しながら、新しい音響設計をまとめたところに発明としてのおもしろさがあります。
金属製でも木管楽器になる理由
サックスの歴史を調べる人がよく疑問に思うのが、「金色の金属でできているのに、どうして木管楽器なの?」という点です。
見た目だけならトランペットやトロンボーンと同じ金管楽器に見えますよね。
しかし、サックスは木管楽器に分類されます。
理由は、楽器の分類では本体の材質だけでなく、音を生み出す仕組みが重要だからです。
サックスはマウスピースに付けた1枚のリードを息で振動させて音を出します。
この「1枚のリードを振動させる」という発音方法は、クラリネットと同じシングルリード式です。
一方、トランペットやトロンボーン、ホルンなどの金管楽器では、奏者自身の唇を振動させ、その振動を管の中へ伝えます。
| 楽器 | 本体の主な材質 | 音を作る仕組み | 分類 |
|---|---|---|---|
| サックス | 主に金属 | 1枚のリードを振動させる | 木管楽器 |
| クラリネット | 木材・樹脂など | 1枚のリードを振動させる | 木管楽器 |
| フルート | 金属製が一般的 | 吹き込んだ空気をエッジに当てる | 木管楽器 |
| トランペット | 主に金属 | 奏者の唇を振動させる | 金管楽器 |
| トロンボーン | 主に金属 | 奏者の唇を振動させる | 金管楽器 |
フルートも現在は金属製のものが一般的ですが木管楽器に分類されます。これを考えると、「材質=分類」ではないことがわかりやすいでしょう。
サックスの特徴は、シングルリードという木管楽器の発音方法と、金属製の円錐管を組み合わせたことにあります。
この構造が、柔らかく歌うような音から強く押し出すような音まで幅広い音色を生み出す土台になっています。
「金属なのに木管」という一見不思議な分類も、サックスが木管と金管の性格を橋渡しするように考案された歴史を知ると、むしろ納得しやすいですよ。
ベルギーとフランスが発祥地とされる理由

サックスの発祥の地については、ベルギー・ディナンを挙げる説明と、フランス・パリを挙げる説明があります。
この違いは、「発祥地」という言葉でどの段階を指しているかによって生まれます。
発明者の故郷という意味での発祥地ならベルギー・ディナンです。
アドルフ・サックスはディナンで生まれ、楽器製作家の家庭で育ちました。父の仕事を通して管楽器製作に触れ、後のサックスへつながる研究もベルギー側で始めています。
1839年のブリュッセルの博覧会には原型とみられる低音楽器の記録があり、1841年には新しい楽器がベルギーの産業博覧会で提示されています。
その意味では、ベルギーをサックス誕生の重要な土地と考えるのは自然です。
現在のディナンでもアドルフ・サックスは町を代表する歴史的人物として扱われ、「サックスのゆりかご」といった位置づけで文化遺産が紹介されています。
一方、サックスを本格的に開発し、音楽界へ広め、特許化した場所という意味ではフランス・パリが欠かせません。
アドルフ・サックスは1842年にパリへ移り、ベルリオーズらへ楽器を紹介しました。
1843年にはパリで工房を開き、サックスだけでなくさまざまな管楽器を製作します。
サクソフォン・ファミリーの完成度を高めたのもパリで、1846年の特許もフランスへ出願されています。
ベルギー・ディナン:発明者が生まれた土地。初期研究につながる背景がある。
ベルギー・ブリュッセル:初期試作や1841年の公開に関係する重要な場所。
フランス・パリ:音楽家への紹介、工房設立、ファミリーの本格的な開発、製造、特許化が進んだ場所。
したがって、「サックスはベルギーの楽器か、フランスの楽器か」という問いには、一国だけを選ぶより、両方の役割を説明した方が正確です。
短く答えるなら、「ベルギー出身のアドルフ・サックスが考案し、パリで完成度を高めて1846年にフランスで特許化した楽器」と覚えておけば大きく外しません。
ちなみに「saxophone」という名前そのものにも発明者の名前が残っています。
「Sax」はAdolphe Saxの姓。「-phone」は音や声を表すギリシャ語系の語要素に由来します。
日本では「サクソフォン」「サクソフォーン」と「サックス」という表記が使われ、日常的には「サックス」という略称が最もよく使われています。
楽器そのものだけではなく、名前にも発明者が残っているのはおもしろいところです。
サックス・ファミリーと普及の歴史

アドルフ・サックスが考えたのは、現在よく見るアルトサックス一本だけではありません。
高音から低音まで、同じ基本構造と似た音色を持つサクソフォン・ファミリーを作ろうとしていました。
現在につながるE♭・B♭系統を中心に見ると、次のような音域の楽器があります。
| 種類 | 主な調 | 音域上の位置 | 現在の使用状況 |
|---|---|---|---|
| ソプラニーノ | E♭ | 非常に高い | 比較的珍しい |
| ソプラノ | B♭ | 高い | ジャズ・クラシックなどで使用 |
| アルト | E♭ | 中高音 | 非常に広く普及 |
| テナー | B♭ | 中低音 | 非常に広く普及 |
| バリトン | E♭ | 低音 | 吹奏楽・ビッグバンドなどで重要 |
| バス | B♭ | さらに低い | 使用機会は限定的 |
| コントラバス | E♭ | 非常に低い | 非常に珍しい |
現在特によく使われているのは、ソプラノ、アルト、テナー、バリトンの4種類です。
なかでもアルトとテナーは、吹奏楽、クラシック、ジャズ、ポップスなど多くのジャンルで中心的な存在になっています。
サックスの初期史を調べると、「発明当初は14種類あった」という説明と「1846年の特許には8種類描かれている」という説明が出てきます。
ここも数字だけを見ると矛盾しているように感じます。
14種類という説明は、異なる調性の2系列をそれぞれ7種類ずつ考えた構想を指すことがあります。
一方、1846年の特許図面について調査した研究では、そこに描かれたサックスを8種類と数えるものがあります。
つまり「14」と「8」は、必ずしも同じものを数えているわけではありません。
「1846年の時点で14種類の完成したサックスがすべて製品として存在していた」と考えるのは不正確です。構想されたバリエーション、特許図面に描かれた数、実際に製作・実用化された楽器は分けて考える必要があります。
1849年ごろには、ソプラニーノからコントラバスまで幅広いサイズのサックスが展示されていますが、一部にはまだ試作的な段階のものもあったとされています。
1850年前後になると、現在につながるE♭・B♭系統のファミリーが徐々に安定していきました。
サックスが広がる大きなきっかけの一つになったのが軍楽です。
1845年、フランス軍楽隊の編成改革でアドルフ・サックスが開発した楽器群が採用されました。
軍楽では屋外で多くの奏者と一緒に演奏するため、音量がありながらさまざまな音域を埋められる楽器は使いやすい存在でした。
サックスは木管楽器らしい旋律能力を持ちながら、しっかりした音量を確保しやすかったため、軍楽や吹奏楽との相性が良かったのです。
また、サックスは初期からオーケストラへの可能性も意識されていました。
1844年にはジャン=ジョルジュ・カストネルの作品でバスサックスが使われた初期例があり、その後も19世紀の作曲家がサックスを作品に取り入れていきます。
1872年にはビゼーの「アルルの女」でアルトサックスが印象的に使われました。
この作品は現在でも、クラシック音楽におけるサックスの有名な使用例の一つです。
一方、サックスの製造技術もアドルフ・サックス一人の手を離れて発展していきました。
1866年には初期の特許保護が終わり、ほかの楽器メーカーもサックスの製造やキー機構の改良へ本格的に参入しやすくなります。
これ以降、運指をより扱いやすくする機構や、音程・操作性を改善する工夫が各メーカーによって積み重ねられていきました。
現在のサックスに多数のキーや連動機構が付いているのも、19世紀の原型がそのまま残ったのではなく、長い改良の歴史を経てきた結果です。
| 年代 | 主な出来事 | 歴史上のポイント |
|---|---|---|
| 1838~1840年ごろ | サックスにつながる研究を開始 | バスクラリネットなどの研究が背景 |
| 1839年 | 原型とみられる低音楽器の記録 | 完成年と断定はできない |
| 1841年 | ベルギーの産業博覧会で新しい楽器を提示 | 実物が存在していた重要な時期 |
| 1842年 | パリへ進出し「Saxophon」が紹介される | ベルリオーズらが注目 |
| 1843年 | パリに工房を設立 | 製造・開発を本格化 |
| 1844年 | サックスが作品・演奏で使用され始める | 音楽実践への導入 |
| 1845年 | フランス軍楽隊の改革 | 軍楽・吹奏楽での普及を後押し |
| 1846年 | 3月21日にフランスで特許出願 | サクソフォン・ファミリーを体系化 |
| 1849年 | 複数サイズのサックスを展示 | ファミリー構想が拡大 |
| 1850年代 | サックスの形態が徐々に安定 | 軍楽・吹奏楽を中心に使用が広がる |
| 1857年ごろ | アドルフ・サックスがパリでサックスを指導 | 専門的な教育の発展 |
| 1866年 | 特許保護終了後に他メーカーの開発が拡大 | キー機構などの改良が進む |
| 1872年 | ビゼー「アルルの女」でアルトサックスを使用 | クラシックの代表的使用例 |
| 1894年 | アドルフ・サックス死去 | 息子らへ製造の伝統が続く |
| 1910年代 | 米国でダンスバンドなどへ普及 | 大衆音楽への接点が増える |
| 1917年以降 | ジャズの拡大とともに使用が一般化 | アルト・テナーが重要なソロ楽器へ |
| 1920年代 | ジャズやダンス音楽で人気が拡大 | 世界的な普及が加速 |
| 1942年 | パリ音楽院でサックス教育が再び発展 | クラシック・サックス教育の重要な節目 |
| 現代 | 吹奏楽、クラシック、ジャズ、ポップスなどで使用 | 世界的な管楽器として定着 |
20世紀へ入ると、サックスのイメージは大きく変わっていきます。
アメリカでは軍楽や吹奏楽だけでなく、ヴォードヴィル、ダンスバンドなど大衆的な音楽でも使用されるようになります。
1910年代にはまだ新奇な楽器という印象も残っていましたが、1920年代にダンス音楽やジャズが盛んになると、サックスの人気も急速に高まっていきました。
製造面でも大きな動きがあります。
Henri SELMER Parisは1921年末に最初の自社製サックスを発表し、その後サックス製造を発展させます。
1929年にはAdolphe Sax & Cieの工房を取得し、アドルフ・サックスから続く製造の伝統や技術を引き継いでいきました。
そして、現在多くの人がサックスと聞いて連想するジャズとの関係が強くなっていきます。
ここで大切なのは、サックスがジャズのために発明されたわけではないことです。
サックスの研究が始まった1830年代末や1840年代には、現在の意味でのジャズはまだ成立していません。
発明時に想定されていた重要な用途は、軍楽、吹奏楽、オーケストラなどです。
ジャズの象徴的な楽器になったのは20世紀に入ってからなんですね。
では、なぜジャズでこれほど重要になったのでしょうか。
一つは、十分な音量を出せることです。
もう一つは、弱音から強音まで大きく変化させやすく、音の立ち上がりや音色、音程のニュアンスを細かく変えられること。
人間の声のように、同じ音でも硬く、柔らかく、明るく、暗く、荒く、滑らかにと表情を変えられるところが、即興演奏を重視するジャズと非常に相性が良かったと考えられます。
特にアルトサックスとテナーサックスはソロ楽器として発展し、多くの奏者が独自の音色やフレーズを作り上げました。
その積み重ねによって、もともとは19世紀ヨーロッパの軍楽やオーケストラを意識して作られた楽器が、20世紀にはジャズを代表する楽器になったわけです。
クラシック側の発展も続きます。
1942年にはパリ音楽院でマルセル・ミュールを教授としてサックス科が再開され、クラシック・サックスの演奏技術や教育の発展に大きくつながりました。
現在は吹奏楽、クラシック、ジャズだけではなく、ポップス、ロック、ファンク、映画音楽など本当に幅広い音楽でサックスが使われています。
19世紀に新しい管楽器として生まれたものが、時代ごとの音楽に合わせながら役割を変え続けてきた。その柔軟さもサックスの長い歴史の大きな特徴かなと思います。
サックスの歴史に関するよくある質問

最後に、サックスの歴史について特に検索されやすい疑問をまとめて整理します。
発明年や発祥地は一言だけで答えると誤解されやすいので、「研究・公開・特許」「発明者の故郷・完成地」を分けて覚えておくのがポイントですよ。
サックスの歴史に関するよくある質問(FAQ)
Q1. サックスを作った人は誰ですか?
A. サックスを作った人はアドルフ・サックス(Adolphe Sax)です。正式名はアントワーヌ=ジョゼフ・サックス(Antoine-Joseph Sax)で、1814年11月6日に現在のベルギー・ディナンで生まれました。父も楽器製作家で、若いころからクラリネットなどの管楽器の製作・改良に取り組みました。サックスだけでなく、バスクラリネットの改良やサクソルンなど多くの管楽器にも関係した発明家です。
Q2. サックスはいつできた楽器ですか?
A. サックスにつながる研究は1830年代末から始まり、1841年にはベルギーの産業博覧会で新しい楽器が提示され、1842年にはパリで「Saxophon」として紹介されています。1846年3月21日にフランスで特許出願されたため、一般には1846年が誕生年として使われます。「1846年に突然発明された」というより、1830年代末から1840年代にかけて段階的に完成した楽器です。
Q3. サックスの発祥の地はベルギーですか、フランスですか?
A. どちらか一方だけで説明すると不十分です。発明者アドルフ・サックスの故郷は現在のベルギー・ディナンで、初期研究もベルギー側で始まりました。一方、1842年以降の本格的な開発、工房設立、音楽家への紹介、サックス・ファミリーの体系化、1846年の特許出願はフランス・パリで進みました。「ベルギーで始まり、パリで本格的に完成・特許化された」と考えるとわかりやすいです。
Q4. 金属製のサックスが木管楽器なのはなぜですか?
A. サックスはマウスピースに取り付けた1枚のリードを振動させて音を作るシングルリード式の楽器だからです。本体は一般的に真鍮などの金属で作られていますが、木管・金管の分類は材質だけでは決まりません。トランペットやトロンボーンなどの金管楽器は奏者自身の唇を振動させるのに対し、サックスではリードが振動します。
Q5. サックスはジャズのために作られたのですか?
A. いいえ。サックスが研究・開発された1830~1840年代には、現在の意味でのジャズはまだ成立していません。当初は軍楽、吹奏楽、オーケストラなどで使える新しい管楽器として構想されました。アメリカでジャズが発展した20世紀以降、豊かな音量と柔軟な音色表現が即興演奏と相性がよかったことから、アルトやテナーを中心にジャズを代表する楽器へ成長しました。
Q6. 1846年3月21日はサックスが発明された日ですか?
A. 正確には、1846年3月21日はフランスでサクソフォン・ファミリーの特許を出願した日です。それ以前の1841年には新しい楽器が公開され、1842年には「Saxophon」としてパリで紹介されています。そのため3月21日は重要な節目ですが、「その日に初めてサックスが作られた」と考えるのは適切ではありません。
Q7. サックスは最初から現在と同じアルトサックスだったのですか?
A. いいえ。初期の研究では低音域の楽器が重要な役割を持っており、後のバスやバリトンにつながるような楽器の記録があります。その後、アドルフ・サックスは一種類だけではなく、高音から低音まで共通する設計を持つサックス・ファミリーへ発想を広げました。現在広く使われるアルト、テナー、ソプラノ、バリトンは、そのファミリー構想の中で発展してきた楽器です。
Q8. 最初のサックスは14種類だったのですか?
A. 「14種類」とする説明は広くありますが、1846年の特許図面については8種類のサックスが描かれているとする専門研究もあります。これは、調性違いを含むファミリー全体の構想数と、特許図面に描かれた楽器数など、数える対象が異なるためです。1846年に14種類の完成品がすべて量産されていた、と単純に理解しない方が安全です。
まとめ:サックスの歴史と発明者

サックスの歴史をたどると、「1846年に突然生まれたジャズ楽器」という一般的なイメージとはかなり違う姿が見えてきます。
サックスを作った人は、現在のベルギー・ディナンに生まれた楽器製作家アドルフ・サックスです。
サックスにつながる研究は1830年代末ごろから続けられ、1841年には新しい楽器がベルギーで提示され、1842年にはパリで「Saxophon」として紹介されました。
そして1846年3月21日、フランスでサクソフォン・ファミリーの特許が出願されます。
- サックスを作った人:アドルフ・サックス
- 正式名:アントワーヌ=ジョゼフ・サックス
- 生誕:1814年11月6日
- 発明者の生誕地:現在のベルギー・ディナン
- 研究開始:1838~1840年ごろ
- 1839年:原型とみられる低音楽器の記録
- 1841年:ベルギーの産業博覧会で新しい楽器を提示
- 1842年:パリで「Saxophon」として紹介される
- 1843年:パリで工房を設立
- 1846年3月21日:フランスでサクソフォン・ファミリーの特許を出願
- 本格的な完成・特許化の地:フランス・パリ
- 楽器分類:金属製でもシングルリードで発音する木管楽器
- 当初の重要用途:軍楽、吹奏楽、オーケストラ
- 20世紀:ジャズやダンス音楽でも急速に普及
- 現代:吹奏楽、クラシック、ジャズ、ポップスなど幅広いジャンルで使用
「サックスはどこの国の楽器なのか」という疑問についても、ベルギーかフランスかの二択にする必要はありません。
発明者の故郷と初期研究はベルギー、本格的な開発・製造・特許化はフランス・パリと分けて考えることで、両方の説明を矛盾なく理解できます。
そして、サックスは金属製ですが金管楽器ではありません。
クラリネットに近いシングルリードを使って音を生み出すため、木管楽器に分類されます。
このシングルリードと金属製円錐管の組み合わせこそ、アドルフ・サックスが目指した「木管の柔軟性と金管の力強さをつなぐ」という発想を感じやすい部分です。
さらに忘れたくないのが、サックスはジャズのために作られた楽器ではないことです。
19世紀の軍楽や吹奏楽、オーケストラを背景に誕生し、その約半世紀以上あと、20世紀のアメリカでジャズと出会ったことで新しい可能性を大きく広げました。
今では「サックス」と聞くだけでジャズを思い浮かべる人も多いですが、その音の奥には、ベルギーの楽器製作家の家庭から始まり、パリの音楽界、軍楽隊、クラシック、アメリカのダンス音楽やジャズへと続いてきた長い歴史があります。
サックスの形や音色を改めて見ると、そこには150年以上前のアドルフ・サックスの設計思想が今も残っています。
「いつ誰が作ったのか」を知るだけでも十分おもしろいですが、なぜその構造になったのか、なぜベルギーとフランスの両方が登場するのか、なぜ後になってジャズの象徴になったのかまでつなげて見ると、サックスという楽器がもっと立体的に見えてきますよ。

