トランペットの歴史を調べていると、「トランペットはいつできたの?」「作った人は誰?」という疑問が出てきますよね。
ところが、この質問には「○年に○○という人が発明した」と一言で答えることができません。現在のトランペットは、数千年前から存在したラッパ状の楽器が少しずつ改良され、19世紀にバルブという大きな技術革新が加わったことで成立したからです。
大きな流れで見ると、古代の信号用ラッパ、中世の軍事・宮廷用楽器、17~18世紀のナチュラルトランペット、18世紀末の鍵式トランペット、そして19世紀のバルブ式トランペットへと発展してきました。
つまり、起源と現代型の成立は分けて考えることが、トランペットの歴史を理解するうえで大切です。
- トランペットの起源はいつまでさかのぼるのか
- 昔のトランペットと現在の楽器は何が違うのか
- バルブはいつ誰によって開発されたのか
- 現在の3バルブ式トランペットが成立するまでの流れ
トランペットはいつ生まれた?
「トランペットはいつ生まれたのか」という疑問には、どの段階を誕生と考えるかによって複数の答えがあります。
唇を振動させて筒の中の空気を共鳴させるラッパ状の楽器まで含めれば、その歴史は数千年前までさかのぼります。一方、現在のように3本のバルブを操作して半音階を演奏できるトランペットに近づいたのは、19世紀前半から中頃です。
そのため、「何年前にできたの?」と聞かれたときに約200年前だけを答えると、古代から続く長い歴史が抜け落ちます。反対に「数千年前」とだけ答えると、現在のトランペットとは構造が大きく異なる点が伝わりません。
トランペットの歴史は、「古代から続く楽器としての起源」と「現在のバルブ式トランペットの成立」の2段階に分けると理解しやすいですよ。
古代のラッパがトランペットの起源
トランペットの祖先と考えられるラッパ状の楽器は、非常に古い時代から世界各地で使われてきました。
初期の楽器には、現在のような精密な金属加工技術はありません。木、竹、樹皮、粘土、動物の角、貝殻、骨、金属など、その地域で手に入るさまざまな素材が利用されました。
形や材料は違っても、重要なのは音の出し方です。奏者が唇を振動させ、その振動によって筒の中にある空気を共鳴させます。これは「リップリード」と呼ばれるタイプの発音方法で、現代のトランペットにも続いています。現代楽器で唇の振動と管の共鳴がどのように関係するかは、トランペットの仕組みと各部名称でも詳しく確認できます。
ここは意外に感じるかもしれません。古代の素朴なラッパと現在の精密なトランペットは、外見も演奏能力もまったく違います。しかし、音を生み出す出発点はどちらも奏者の唇の振動です。
非常に古い楽器の場合、現在の分類で「これはトランペット」「これはホルン」と明確に分けるのは難しくなります。動物の角のような素材を利用したラッパもあり、トランペット系とホルン系の祖先には共通点があるためです。
また、こうした楽器はヨーロッパだけで生まれたものではありません。アジア、アフリカ、南北アメリカなど、さまざまな地域でラッパ状の楽器が発達しました。
この点から考えても、「トランペットを最初に作った国」や「世界で最初にトランペットを作った人物」を一人に決めることはできません。
「トランペットの発明者は○○」という説明を見かけても、それが古代から続くトランペットそのものの発明を意味しているのか、19世紀のバルブ機構の発明を意味しているのかを分けて確認する必要があります。
古代エジプトに残るトランペット
古代のトランペットを語るとき、特に有名なのが古代エジプトの資料です。
紀元前14世紀ごろには、すでに金属製のトランペットが存在していたことを実物や美術資料から確認できます。代表的な例が、ツタンカーメン王の墓から出土したトランペットです。
ツタンカーメン王の墓からは、銀製を含む金属製のトランペットが発見されています。現在まで残っている古代金属製トランペットとして非常に有名な例です。
ツタンカーメン王の時代は紀元前14世紀なので、少なくとも約3300年以上前には金属製のトランペットが存在していたと考えることができます。
ただし、ここで注意したいのは、「ツタンカーメン王のトランペット=世界最初のトランペット」ではないという点です。
金属製の実物が残っていることと、人類が最初にラッパを作った時期は別の話です。それ以前にも、角、貝殻、木、骨などを利用した楽器が存在していたと考えられるため、トランペットの起源自体はさらに古い可能性があります。
古代のトランペットは、現在のように旋律を自由に演奏することを主な目的とした楽器でもありませんでした。
宗教儀式、軍事、行進、合図、権威を示す場面など、強く遠くまで届く音を生かした用途が中心です。多くの音を自在に演奏することより、「離れた人にも伝わる特徴的な音を出す」という役割が重要だったわけです。
この段階では、現在のトランペットと同じ名前で考えるより、「現代のトランペットへつながる非常に古いラッパの仲間」と捉えると分かりやすいかなと思います。
中世までのトランペットの役割
古代から中世にかけて、トランペット系の楽器は音楽だけではなく、社会の中で実用的な役割を持っていました。
古代ギリシャやローマでは軍事、行進、競技、儀式などに利用され、中世ヨーロッパでも軍事や宮廷行事、祝典、権力を象徴する場面で活躍します。
現在は「オーケストラや吹奏楽で演奏する楽器」という印象が強いですが、長い歴史全体から見ると、トランペットが純粋な音楽演奏のためだけに使われるようになったのは後の時代です。
軍事や儀式で使われた理由
古代ローマには「tuba」と呼ばれる直管型の金属製ラッパが存在しました。当時の楽器は現在のトランペットのようなバルブを持っていませんが、大きく通る音を生かしてさまざまな合図に使われます。
軍事の場面では、遠くにいる人へ命令や状況を伝える必要があります。人の声では届きにくい距離でも、強く特徴のあるラッパの音なら聞き分けやすいため、信号用の道具として利用しやすかったわけです。
また、宮廷や儀式では、トランペットの明るく力強い響きそのものが特別な雰囲気を作ります。王侯貴族の登場、祝典、重要な式典などと結び付き、権威を示す楽器としても扱われました。
中世の初期には比較的まっすぐな長い管を持つ楽器が使われていました。しかし、必要な管の長さを保ったまま扱いやすくするには、長い一本の管では不便です。
そこで、次第に管を曲げたり折り返したりする構造が発達します。中世後期になると、長い管をコンパクトにまとめた形が現れ、外見も少しずつ現在のトランペットを連想させる姿へ近づいていきました。
ただし、形が似てきても演奏の仕組みはまだ大きく違います。この時代のトランペットには音程を自由に切り替えるバルブがないため、基本的には管そのものが持つ自然倍音を利用して音を出していました。
自然倍音については次の章で詳しく説明しますが、簡単にいうと、一本の決まった長さの管から出せる音には一定の規則があります。現代のピアノのように、低い音域から半音ずつ自由に音を選べるわけではありません。
それでも合図やファンファーレには十分です。この「限られた音でも強く明確に伝えられる」という性質が、トランペットと軍事・儀式を長く結び付けてきました。
ナチュラルトランペットの時代
17~18世紀になると、トランペットは宮廷や軍事のための楽器という役割を保ちながら、器楽合奏や教会音楽、オーケストラの中でも重要な存在になります。
この時代を理解するキーワードが「ナチュラルトランペット」です。
ナチュラルトランペットは、現在のトランペットにあるような3本のバルブや、音孔を開閉するキーを持ちません。それでも高度な音楽が演奏されていたことを知ると、昔の奏者がどれほど音をコントロールしていたかが見えてきます。
自然倍音で音を吹き分ける仕組み
ナチュラルトランペットでは、演奏中に管の長さを機械的に変えることができません。
そこで奏者は、唇の振動数や息のスピードなどを調整し、一本の管から生まれる「自然倍音列」の音を吹き分けます。
自然倍音は、一本の管が共鳴するときに得られる規則的な音の並びです。低音域では隣り合う自然倍音の間隔が広く、高音になるほど間隔が狭くなっていきます。
これが、ナチュラルトランペットの演奏能力を理解する重要なポイントです。
低音域では使える音と音の間が大きく離れているため、現代のトランペットのように「ド、ド♯、レ、レ♯……」と半音単位で自由に音を選ぶことはできません。
ところが高音域になるほど自然倍音同士の間隔が狭くなり、旋律として使える音が増えていきます。そのため、ナチュラルトランペットでは高い音域を使った高度な旋律演奏が発達しました。現代のトランペットで高音域をどのように捉えるかは、トランペットの音域について解説した記事も参考になります。
現代のトランペットでも、バルブを何も押していない状態では、奏者は唇と息を調整して自然倍音を吹き分けています。昔と現在では楽器の仕組みが違っても、唇で倍音を選ぶ基本そのものが消えたわけではありません。
調を変更するためには、異なる長さを持つ楽器を使用したり、後には「クルーク」と呼ばれる替え管を交換したりする方法も利用されました。
替え管を使えば、楽器全体の基本となる管長を変えられます。しかし、演奏中にバルブを押すような感覚で瞬時に半音階へ対応できるわけではありません。
そのため、「別の調に対応すること」と「半音階を自由に演奏できること」は別問題です。この違いを押さえておくと、後に鍵式やバルブ式が必要になった理由が分かりやすくなります。
バロック音楽とクラリーノ奏法
17~18世紀のバロック時代になると、ナチュラルトランペットはオーケストラや宮廷音楽、教会音楽で華やかな役割を担います。
この時代に発達した高度な高音域奏法が「クラリーノ奏法」です。
先ほど説明したように、ナチュラルトランペットは高音になるほど自然倍音の間隔が狭くなります。そこで高音域を巧みに使うことで、単純なファンファーレだけではなく、旋律的な音楽を演奏できるようになります。
もちろん、高音域に行けば自動的に簡単になるわけではありません。狭い間隔で並ぶ倍音から狙った音を正確に選び、安定して鳴らす必要があります。
バッハやヘンデルなどの作品には、高度なトランペットパートが存在します。J.S.バッハの「ブランデンブルク協奏曲第2番」も、ナチュラルトランペットの高音域を生かした代表的な作品として知られています。
このような音楽を知ると、「バルブがない時代のトランペットは数種類の音しか出せなかったから、音楽にはほとんど使えなかった」というイメージが正確ではないことが分かります。
確かに構造的な制約は大きいのですが、奏者の技術と自然倍音の性質を組み合わせることで、非常に高度な音楽表現が行われていました。
一方で、低~中音域で自由に半音階を演奏することは難しいままです。音楽の表現が広がるほど、「もっと自由に音程を選べないだろうか」という要求も強くなっていきました。
この制約をどう解決するか。そこから18世紀後半から19世紀へ続く、トランペット改良の時代が始まります。
半音階を求めて進んだ楽器改良
ナチュラルトランペットには素晴らしい響きがある一方、使える音が自然倍音に大きく左右されるという明確な制約がありました。
そこで18世紀後半から、トランペットで半音階を演奏するためのさまざまなアイデアが試されます。
歴史を振り返ると、いきなり現在の3本バルブが誕生したわけではありません。替え管、スライド、ベルへ手を入れる方法、鍵式など、複数の方式を試した先にバルブ式があります。
現在の形になるまでには多くの試行錯誤があったという点を覚えておくと、楽器の進化が一気に分かりやすくなります。
鍵式トランペットとヴァイディンガー
18世紀末に登場した重要な試みの一つが、鍵式トランペットです。
鍵式トランペットでは、管体に複数の穴を設け、その穴をキーで開閉します。穴を開けることで管内の共鳴状態を変え、ナチュラルトランペットでは出しにくかった音程を演奏できるようにする仕組みです。
この楽器の発展で特に知られている人物が、ウィーンのトランペット奏者アントン・ヴァイディンガーです。
ヴァイディンガーは複数のキーを備えたトランペットを発展させ、従来のナチュラルトランペットより自由に半音階を演奏できるようにしました。ヤマハの鍵式トランペットの解説でも、ヴァイディンガーがキーを取り付けて半音階を演奏できる楽器を考案した経緯が紹介されています。
これはトランペットの歴史では非常に大きな変化です。
それまでのトランペットは、一本の管から生まれる自然倍音を基本としていました。鍵式では楽器側の仕組みを操作して、これまで使いにくかった音へアクセスできるようになります。
言い換えると、奏者の唇だけに頼って音を選択していた楽器から、機械的な仕組みを使って音程を変える楽器への大きな一歩です。
ただし、鍵式トランペットがそのまま現代の主流になったわけではありません。
管に穴を開け、それを開閉する方式では、音によって響きや音色を均一にすることが難しいという課題がありました。そのため、後に管の長さそのものを切り替えるバルブ方式が発達すると、鍵式は次第に主流から外れていきます。
それでも、ナチュラルトランペットからバルブ式へ進む途中の重要な段階として、鍵式トランペットを外すことはできません。
「バルブ以前にも、トランペットを自由な旋律楽器にしようとする工夫があった」と知ることで、19世紀のバルブ登場の意味もよりはっきり見えてきます。
ハイドンの協奏曲が示した変化
鍵式トランペットの可能性を音楽として分かりやすく示した代表作が、ヨーゼフ・ハイドンの「トランペット協奏曲 変ホ長調」です。
ハイドンは1796年に、ヴァイディンガーの鍵式トランペットを想定してこの作品を作曲しました。
この作品では、それまでのナチュラルトランペットでは扱いにくかった半音階的な動きや、低~中音域の旋律が取り入れられています。
現在のトランペットで演奏を聴くと、ごく自然な旋律に聞こえる部分もあるかもしれません。しかし、当時の楽器の歴史を踏まえると、その旋律自体がトランペットの新しい可能性を示していたわけです。
それまで華やかなファンファーレや高音域を得意としていたトランペットが、より自由に旋律を奏でる方向へ進んでいることを音楽そのもので確認できます。
ここで気を付けたいのが、「ハイドンの協奏曲は現在と同じバルブトランペットのために書かれた」という誤解です。
作曲されたのは1796年。19世紀初頭の本格的なバルブ開発より前であり、想定されていたのはヴァイディンガーが発展させた鍵式トランペットです。
ハイドンのトランペット協奏曲を歴史の目印にするときは、「現代型バルブトランペットの登場」ではなく、「バルブ以前に半音階演奏へ挑戦した鍵式トランペットの時代」と整理すると混乱しません。
また、バルブ以前には鍵式だけが試されたわけではありません。
ベルへ手を入れて音程を変える方法、管をスライドさせて長さを変える方法、異なる調へ対応するためのクルークなど、複数の仕組みが使われました。
19世紀前半は、現在の構造へ一直線に置き換わった時代ではなく、「どうすれば金管楽器で自由に半音階を演奏できるか」をさまざまな方法で試していた時代です。
バルブの発明で現代型へ進化
トランペットの歴史で最大の転換点の一つが、19世紀初頭に進んだバルブの開発です。
現代のトランペットを見れば、3本のバルブが付いているのは当たり前に感じますよね。しかし、この仕組みこそ、長いあいだ金管楽器が抱えていた「自然倍音以外の音を自由に使いにくい」という問題を大きく変えました。
バルブが登場したことで、トランペットはさまざまな調や半音階的な旋律に対応しやすくなり、現在の楽器へ一気に近づいていきます。
シュテルツェルとブリューメル
バルブの仕組みは、息が通る経路を切り替え、必要に応じて追加の管へ空気を送ることで管全体を長くするものです。
管が長くなると基本となる音の高さが下がるため、演奏中にバルブを操作することで異なる高さの自然倍音列へ切り替えられます。
この考え方をできるだけシンプルにイメージすると、長さの違う複数のナチュラルトランペットを一本の楽器にまとめ、バルブ操作によって瞬時に切り替えているようなものです。
もちろん実際の楽器はもっと複雑ですが、初心者が仕組みを理解するときには分かりやすい考え方です。
初期のバルブ開発で特に重要な人物が、ハインリヒ・ダーフィト・シュテルツェルとフリードリヒ・ブリューメルです。
シュテルツェルは1777年生まれで、ホルン奏者・発明家として知られています。1814年前後には金管楽器用バルブの開発を行っていたことが確認されています。
ブリューメルも1777年生まれで、ホルン奏者・楽器製作者として知られる人物です。シュテルツェルとほぼ同じ時期に、独立して金管楽器用バルブの考え方を発展させたとする資料があります。
そして1818年には、シュテルツェルとブリューメルがバルブ機構について共同で特許を取得しました。
1818年はトランペット誕生年ではなくバルブ史の重要な節目です。
ここは「トランペットはいつできた?」という疑問で特に誤解されやすい部分なので注意してください。
1818年よりはるか昔からトランペットの祖先は存在しています。また、1818年に現在のB♭トランペットがそのまま完成したわけでもありません。
さらに、初期のバルブ開発はトランペットだけを対象としていたわけではなく、ホルンなどの金管楽器にも関係していました。
そのため、「シュテルツェルが1818年に現代のトランペットを発明した」と書いてしまうと、歴史をかなり単純化することになります。
より正確に整理するなら、1810年代にシュテルツェルやブリューメルらによって金管楽器用バルブの開発が進み、1818年に両者による共同特許が成立した、と考えるのが分かりやすいでしょう。バルブが息の通り道を切り替えて管長を変える仕組みについては、ヤマハのトランペットのバルブ発明に関する解説でも確認できます。
バルブの発明時期について、1810年ごろ、1813年、1814年、1818年など異なる年が示されることがあります。
これは、最初の発想、試作・開発、実用化、特許取得のどこを「発明」と見るかによって基準が変わるためです。「1810年代に開発が進み、1818年に共同特許」という流れで押さえておけば、大きな混乱は避けられます。
1820年前後には、バルブを備えたトランペットが作られるようになりました。メトロポリタン美術館には、初期のバルブ式トランペットの現存例として1829年製のG管トランペットが収蔵されています。ただし、この段階でも現在のトランペットが完全に出来上がったわけではありません。
初期のバルブにはさまざまな方式があり、動作性、気密性、音色、吹いたときの抵抗など、改善すべき点が残されていました。
3本バルブとペリネ式の登場
現在の一般的なトランペットには3本のバルブがありますが、初期のバルブ式金管楽器には2本のバルブを持つものも存在しました。
2本だけでも管の長さを切り替えることはできます。しかし、3本目が加わることで組み合わせの数が増え、より多くの音程へ対応しやすくなります。
現在の一般的な3バルブ式では、第1バルブで全音、第2バルブで半音、第3バルブでおよそ1音半、基本となる音程を下げる仕組みになっています。
3本をそれぞれ単独で使うだけではありません。第1と第2、第2と第3、第1と第3、3本すべてといったように組み合わせることで、複数の異なる管長を作り出せます。
重要なのは、「バルブを押せばその音そのものが出る」というより、バルブで管の長さを変えたうえで、奏者がその管長から生まれる自然倍音を吹き分けているということです。
つまり現代のトランペットでも、古代から続く唇の振動と自然倍音の仕組みがなくなったわけではありません。そこへ「管長を演奏中に切り替える機構」が加わったことで、演奏できる音が大きく増えたと考えると分かりやすいですよ。
19世紀前半には3本バルブの方式が発達し、現在のトランペットと共通する基本的な仕組みへ近づきます。
さらに、現在のピストン式トランペットを理解するうえで欠かせない人物がフランソワ・ペリネです。
ペリネは19世紀フランスの楽器製作者で、現在広く使われているピストンバルブの基本につながる「ペリネ式バルブ」を開発しました。1839年の特許が重要な節目とされています。
ペリネ式では、円筒形のピストンが上下することで内部の通路を切り替え、追加の管へ空気を流します。
この基本的な考え方は、現在のB♭トランペットをはじめ、コルネットやフリューゲルホルンなどにもつながっています。
「現代のトランペットがいつできた?」という質問に一つの時期を挙げるなら、19世紀前半~中頃と考えるのが分かりやすいです。1818年の共同特許だけで完成したのではなく、1820年前後のバルブ式トランペット、3バルブ化、1839年のペリネ式など、複数の改良が積み重なっています。
年代を整理すると、次のような流れになります。
| 時代・年代 | 主な出来事 |
|---|---|
| 数千年前 | 世界各地で角・貝・木・骨・金属などを使ったラッパ状の楽器が存在 |
| 紀元前14世紀 | 古代エジプトで金属製トランペットの実物や図像資料が確認できる |
| 古代ギリシャ・ローマ | 軍事、行進、儀式、合図などでトランペット系楽器を使用 |
| 中世 | 宮廷、軍事、儀式などで重要な役割を持つ |
| 17~18世紀 | ナチュラルトランペットとクラリーノ奏法が発達 |
| 18世紀末 | ヴァイディンガーらによる鍵式トランペットが発達 |
| 1796年 | ハイドンが鍵式トランペットを想定した協奏曲を作曲 |
| 1810年代 | 金管楽器用バルブの開発が進む |
| 1818年 | シュテルツェルとブリューメルによるバルブ機構の共同特許 |
| 1820年前後 | バルブ式トランペットが製作されるようになる |
| 1839年 | ペリネが現代のピストン式につながるバルブを特許化 |
| 19世紀中頃以降 | バルブ式トランペットが広く普及していく |
| 19世紀後半 | B♭管・C管など現在につながるトランペットが広がる |
現代のトランペットへ
バルブが登場した19世紀は、トランペットの構造が急速に変化した時代です。
とはいえ、バルブが発明された翌日からすべてのトランペットが現在の形になったわけではありません。
ナチュラルトランペット、鍵式トランペット、スライドを使う方式、初期のさまざまなバルブ式などが並存し、その中で改良が続けられました。
19世紀のトランペット史は、「発明した瞬間に完成」ではなく、複数の方式が試され、徐々に現在使われている仕組みへ集約されていった時代として見るのが自然です。
1830年代以降にはバルブ式金管楽器が徐々に普及し、19世紀中頃以降になるとバルブ式トランペットが旧来の方式に代わって重要な位置を占めていきます。
同じ時期には、コルネットも大きく発展しました。
コルネットは1820年代のフランスで、ポストホルンにバルブを付けた楽器として発達したとされます。トランペットより円すい形に広がる管の割合が多く、一般に丸みのある音色を持つ楽器です。
19世紀には独奏や吹奏楽などでコルネットが大きな存在感を持つ場面もあり、バルブ式金管楽器が普及する過程を考えるうえで無関係ではありません。
トランペットだけを一本の直線として見るのではなく、同時代の金管楽器全体で新しいバルブ技術が試されていたと考えると、19世紀の変化がより理解しやすくなります。
B♭管とピストン・ロータリー式
現在もっとも身近なトランペットの一つがB♭トランペットです。
吹奏楽、ジャズ、ポップス、学校教育などで広く使われているため、「トランペット」と聞いてB♭管のピストントランペットを思い浮かべる人も多いでしょう。B♭管で楽譜上の音と実際に鳴る音が異なる理由については、トランペットのB♭管と移調の仕組みで詳しく解説しています。
ただし、19世紀にはF管、E♭管、E管、D管、C管、B♭管などさまざまな調のトランペットが使用されました。
19世紀後半になると、B♭管やC管など現在につながる比較的高い調性のトランペットが存在感を増していきます。
現在でも演奏分野によって使われる楽器は異なります。吹奏楽やジャズ、ポップスなどではB♭管が標準的に使われ、オーケストラではB♭管に加えてC管も使われます。
そして、現代のトランペットにはピストン式だけでなくロータリー式も存在します。
ピストン式では、奏者がバルブを押すと円筒形のピストンが上下し、息の通り道を切り替えます。
一方、ロータリー式では、内部の回転する弁によって空気の通り道を切り替えます。
ロータリーバルブも19世紀前半のヨーロッパで発達しました。現在でもドイツやオーストリアなどのオーケストラではロータリー式トランペットが使われています。
そのため、現代のトランペットがすべてピストン式というわけではありません。
ピストン式とロータリー式は構造こそ違いますが、どちらも息が通る経路を切り替えて管長を変えるという目的を持っています。19世紀のバルブ技術の発展から生まれた仲間と考えることができます。
ここで、古代・ナチュラルトランペット・現代トランペットの違いを整理してみましょう。
| 項目 | 古代・初期 | ナチュラルトランペット | 現代トランペット |
|---|---|---|---|
| 主な時代 | 古代以前から | 中世~18世紀を中心に発達 | 19世紀以降 |
| 主な用途 | 合図・儀式・軍事 | 軍事・宮廷・音楽 | 音楽演奏全般 |
| 材料 | 木・骨・角・粘土・金属など | 主に金属 | 主に真ちゅう |
| 音程変更装置 | なし | 基本的になし | 通常3本のバルブ |
| 演奏できる音 | 限定的 | 自然倍音中心 | 半音階に対応 |
| 主な役割 | 信号 | ファンファーレ・高音旋律など | 旋律・和声・技巧的演奏など |
こうして比較すると、変わった部分と変わっていない部分が見えてきます。
大きく変化したのは、管の加工方法や音程変更の仕組みです。特にバルブの存在によって、奏者は演奏中に複数の管長を切り替えられるようになりました。
一方、奏者が唇を振動させて音を作るという根本的な発音方法は、古代のラッパから現代のトランペットまでつながっています。
一般的な現代のB♭トランペットは、マウスピース、マウスパイプ、主管抜差管、バルブケーシング、各バルブスライド、ベルなどから構成され、主な材料には真ちゅうが使われます。真ちゅうは銅と亜鉛の合金です。
こうした精密な構造を見ると、古代の動物の角や貝殻からはまったく別の楽器に感じるかもしれません。
しかし、「唇を振動させ、管の中の空気を共鳴させる」という中心部分は共通しています。数千年の進化の中で変わったのは、音を生み出す原理そのものより、その音をどれだけ自由にコントロールできるかという部分だったと考えると面白いですよ。
また、「トランペットを作った人は誰?」という質問についても、一人の名前だけを答えるのは適切ではありません。
最初のラッパ状楽器を作った人物は特定できません。現代のバルブ式トランペットについても、シュテルツェル、ブリューメル、ペリネなど複数の人物の技術的な貢献があります。
さらにその前には、ヴァイディンガーによる鍵式トランペットの発展がありました。
現在のトランペットは一人の発明ではなく改良の積み重ねによって成立した楽器です。
歴史を覚えるときは、「古代のラッパ→中世の軍事・宮廷楽器→ナチュラルトランペット→鍵式トランペット→バルブ式トランペット→現代の3バルブ式」という流れを軸にすると整理しやすいですよ。
ここまでの内容をもとに、トランペットの歴史についてよく出てくる疑問も確認しておきましょう。
Q1. トランペットは何年前にできたのですか?
A. 祖先となるラッパ状の楽器まで含めれば数千年前までさかのぼります。古代エジプトには紀元前14世紀の金属製トランペットが残っています。一方、現在のバルブ式に近い構造が発達したのは19世紀前半から中頃です。
Q2. トランペットを作った人は誰ですか?
A. 最初のトランペットを作った人物は特定できません。現代のバルブ式金管楽器の発展ではハインリヒ・シュテルツェル、フリードリヒ・ブリューメル、フランソワ・ペリネなどが重要です。鍵式トランペットではアントン・ヴァイディンガーの貢献も知られています。
Q3. 1818年に現在のトランペットが発明されたのですか?
A. 1818年はシュテルツェルとブリューメルによるバルブ機構の共同特許が成立した重要な年ですが、トランペットそのものの誕生年ではありません。その後もバルブや楽器構造の改良が続き、19世紀前半から中頃に現在の楽器へ近づいていきました。
Q4. 昔のトランペットはドレミを自由に演奏できなかったのですか?
A. バルブを持たないナチュラルトランペットでは、基本的に一本の管から生まれる自然倍音を利用します。特に低音域では音の間隔が広いため、現代のトランペットのように自由な半音階を演奏することは難しい楽器でした。
Q5. ハイドンのトランペット協奏曲は現在のバルブトランペット用ですか?
A. もともとは現在と同じバルブトランペットのための作品ではありません。1796年に、アントン・ヴァイディンガーが発展させた鍵式トランペットを想定して作曲されました。トランペットが自由な旋律楽器へ発展していく過程を知るうえで重要な作品です。
まとめ
トランペットの歴史は、ある一人の発明家が一度に完成させた物語ではありません。
祖先となるラッパ状の楽器は数千年前から世界各地に存在し、古代には宗教、儀式、軍事、合図などに使われました。古代エジプトには紀元前14世紀の金属製トランペットが残っており、少なくとも約3300年以上前には金属製の楽器が存在していたことが分かります。
中世になると宮廷や軍事、式典などで重要な役割を持ち、やがて長い管を曲げたり折り返したりする形が発達しました。
17~18世紀にはナチュラルトランペットがヨーロッパ音楽で活躍します。バルブがなく、自然倍音を利用する楽器でしたが、高音域を使うクラリーノ奏法によって高度な旋律も演奏されました。
ただし、自由な半音階を演奏しにくいという課題は残ります。
18世紀末には、その課題を解決するため鍵式トランペットが発達しました。アントン・ヴァイディンガーは重要な人物の一人で、1796年にはハイドンが彼の鍵式トランペットを想定した協奏曲を作曲しています。
そして19世紀初頭、トランペットの歴史を大きく変えるバルブの開発が進みました。1818年にはシュテルツェルとブリューメルによる共同特許が成立し、1820年前後にはバルブ式トランペットが作られるようになります。
さらに3本バルブの仕組みが発達し、1839年にはフランソワ・ペリネが現在のピストン式につながる重要なバルブを特許化しました。
そのため、「トランペットはいつできた?」という疑問には、起源は数千年前、現在のバルブ式に近い基本構造は19世紀前半~中頃と答えると、歴史全体を無理なく説明できます。
「トランペットを作った人は誰?」という疑問についても同じです。最初の発明者は特定できず、現代型についてもシュテルツェル、ブリューメル、ペリネをはじめ、多くの奏者や楽器製作者による長い改良の積み重ねで成立しています。
古代のラッパと現代のB♭トランペットは、一見するとまったく別の楽器のように見えます。それでも、唇を振動させて管の中の空気を共鳴させるという基本はつながっています。
トランペットの歴史を知ると、3本のバルブが付いていることも、半音階を当たり前のように演奏できることも、長い楽器改良の結果だと見えてきます。普段何気なく見ている一本のトランペットにも、数千年にわたる楽器の進化が詰まっているんですよ。
