【30秒まとめ】
- サックスは種類ごとに実音が異なるが、楽譜上の基本音域(約2オクターブ半)と運指は全種で共通している。
- 記譜音と実音が異なる「移調楽器」の仕組みを理解することが、バンドアンサンブルにおいて極めて重要。
- 初心者が出しやすいのは中音域。高音・低音を安定させるには、無理な力みを避け、正しい息のコントロールとアンブシュアが鍵となる。
サックスをこれから始めたい、あるいは新しい種類に挑戦したいと思ったとき、真っ先に気になるのが「楽器ごとの音域の違い」ではないでしょうか。
「アルトサックスとテナーサックス、どっちが自分のやりたい音楽のイメージに合っているんだろう?」
「サックスの楽譜って、ピアノやギターと同じものがそのまま読めるのかな?」
「大人になってから始める初心者でも、プロのミュージシャンのように高音域から低音域までしっかり吹けるようになるのかな?」
これから楽器を手にする方にとって、最初は分からないことだらけで不安に思うのも当然のことだと思います。
私自身は、長年バンドでベースを弾いている、いわゆる「リズム隊」の人間です。ベースという楽器は基本的に低音を黙々と支える役割なので、フロントで華やかなメロディを吹き鳴らすサックスには、昔から強い憧れを持っていました。
音楽高校時代からの管楽器専攻の友人たちや、現在一緒にジャズやファンク、ポップスのバンドで活動しているサックス仲間たちと深く関わる中で、管楽器奏者特有の悩みや、音域に関するリアルな裏話を山のように聞いてきました。
休日のスタジオ練習の合間や、ライブ後の打ち上げの席で、「高い音のピッチが合わない」「低音が裏返る」といった彼らの試行錯誤を特等席で見てきたわけです。
この記事では、そうした周囲のサックス奏者たちの実体験や、長年のアンサンブル経験から得た知見をもとに、サックスの音域に関する基礎知識を徹底的に解説していきます。
実音と記譜音という初心者が必ずつまずく「移調楽器の壁」から、種類ごとの特性、基本的な運指の仕組み、そして憧れの超高音「フラジオ奏法」の真実まで、論理的かつ分かりやすく深掘りしていきます。
これからサックスを「一生の趣味」にしたいと考えている大人の方にとって、楽器選びや練習の指針となるような、実用的な情報だけを詰め込みました。
サックスの音域の仕組みと種類別の特徴
サックスの音域について語る上で、まず大前提として知っておくべき重要な事実があります。
それは、サックスは楽器のサイズや種類(ソプラノ、アルト、テナー、バリトンなど)によって、実際に出る音の高さ(実音)が大きく異なるということです。見た目の大きさが違えば、出る音の低さが変わるのは直感的にも分かりやすいですよね。
しかし、実は楽譜上で指定される基本音域は、どの種類のサックスも約2オクターブ半で完全に共通しているという事実をご存知でしょうか。
種類ごとに調(キー)が異なるため、ピアノやベースなど他の楽器とバンドで合わせる際には「移調」という知識が必須となります。これについては後ほど詳しく解説します。
この「楽譜上の音域が同じ」ということは、裏を返せば、指の動かし方(運指)が全種類で共通しているということを意味します。
ベースやギターならチューニングを変えたり、弦の数を変えたりすると運指が全く変わってしまいますが、サックスは違います。一つの種類で運指をしっかり覚えれば、他のサックスへの持ち替えが比較的スムーズに行えるのが、この楽器の最大の魅力であり合理的なポイントですね。
ソプラノサックスの音域と記譜音の基本
ソプラノサックスといえば、あのスッと伸びたストレートな管体(先端が少し曲がったカーブドネックのモデルもありますが)と、甘く切ない高音域が特徴です。
ウチのバンドでソプラノサックスを担当しているメンバーの話をじっくり聞くと、ソプラノはサックス属の中でも特に高い音域を担当する「花形」でありながら、同時に「最もじゃじゃ馬」な楽器だそうです。
調(キー)は「B♭管」で構成されており、記譜音(楽譜上の音)での基本的な音域は「下のシ♭」から「上のファ♯」までとなります。これは、後述するアルトやテナーといった他の一般的なサックスと全く同じ範囲を指しています。
近年増えている「High Gキー」の存在
ソプラノサックスの音域を語る上で近年見逃せないのが、最高音を拡張する特別なキーの存在です。
バンド仲間のサックス奏者によると、近年の上位モデルやプロフェッショナル向けのソプラノサックスには、「High Gキー」が標準搭載されているものが増えているそうです。
このキーがあることで、通常の最高音である「上のファ♯」よりもさらに半音高い「上のソ」まで、特殊な運指(フラジオ)を使わずに安定して出すことができます。
現代のクラシック曲や、難易度の高いコンテンポラリージャズのソロ譜面では、このHigh Gの音が要求されることも少なくないため、楽器選びの際の一つの重要な基準になっていると言っていました。
【注意】ソプラノサックスの高音域コントロール
ソプラノサックスは管が真っ直ぐで非常に小さいため、奏者の息の圧力や口の形(アンブシュア)の微細な変化が、ダイレクトに音程に影響を与えます。高音域になればなるほど、わずかな噛み具合の違いでピッチ(音程)が狂いやすく、バンドの中でハーモニーを安定させるのが非常に難しいとされています。初心者がいきなりソプラノから始めると、正しい音程を取るだけで挫折してしまうリスクがあるため、最初はアルトから始めるのが無難だと言われています。
それでも、ソプラノサックス特有の甘く芯のある高音域は、他の楽器には絶対に代えがたい圧倒的な魅力があります。
ケニー・Gのようなスムースジャズの世界で聴かれる、あの胸を締め付けるような美しいメロディは、ソプラノサックスの音域だからこそ成し得る業です。
厳しい練習を経て、ピッチを正確にコントロールする確かな耳と技術を身につければ、バンドやアンサンブルの中で、メロディを最も美しく、そしてドラマチックに歌い上げることができる最高の表現力を手に入れることができます。
アルトサックスの音域と主要な使用範囲
「サックス」という言葉を聞いて、世の中の9割以上の人が真っ先に思い浮かべるのが、このアルトサックスの美しいカーブを描いたシルエットと、艶やかな音色でしょう。
私の音高時代の同級生たちを振り返ってみても、管楽器専攻でサックスを始めた人のほぼ100%が、まずはこのアルトサックスから入門していました。
アルトサックスの調(キー)は「E♭管」であり、ソプラノサックスよりも少し低く、テナーサックスよりは高いという、まさに「真ん中」のポジションに位置しています。この音域は、人間の声(特にアルト〜メゾソプラノの女性ボーカル)に非常に近く、聴く人の耳に最も自然に響く帯域をカバーしています。
記譜音と実音の関係性と役割
記譜音(楽譜に書かれている音)の音域は、ソプラノやテナーと同じく「下のシ♭」から「上のファ♯」までとなっています。
これを、私が普段弾いているベースや、ピアノなどの実音(実際に鳴る絶対的な音)に換算すると、およそ「レ♭3(D♭3)」から「ラ5(A5)」までの範囲になります。
女性ボーカルが力強く歌い上げる音域と見事に重なる部分が多く、これがアルトサックスが「最も歌いやすい楽器」「感情を表現しやすい楽器」と評される最大の理由だと、プロとして活動しているサックス奏者の友人が熱く語っていました。
【事実】あらゆるジャンルで主役を張る万能楽器
アルトサックスは、吹奏楽におけるメロディラインはもちろん、ビッグバンドジャズにおけるリードアルト(セクションのまとめ役)、ファンクやポップスのブラスセクションのトップノート、さらにはクラシックのサックス四重奏におけるソプラノの代役まで、文字通りあらゆるジャンルで主旋律を任される責任重大なポジションです。
チャーリー・パーカーやキャノンボール・アダレイなど、歴史的なジャズの巨匠たちもこぞってアルトを愛用しました。
また、アルトサックスは楽器のサイズ感も大きすぎず小さすぎず、肺活量や息の圧力のコントロールが、他の種類のサックスに比べて比較的しやすいという身体的なメリットがあります。
低音域から高音域まで、息の通りが素直で鳴らしやすいため、初めて楽器に触れる初心者が最初に手にするサックスとして、最も適しており、挫折しにくく上達が早いとされています。
もしあなたがこれから楽器店に行き、「どのサックスの音域から始めようか」と迷っているなら、迷わずまずはアルトサックスを選んでおけば間違いありません。アルトで基礎のアンブシュアと運指を固めれば、そこからテナーやソプラノへ持ち替えるのも非常にスムーズだからです。
テナーサックスの音域と特徴的な低音
薄暗いジャズのライブハウスや、熱気あふれるブルース、ロックバンドのステージで、渋くてむせび泣くような、男の色気たっぷりのソロを決めるなら、テナーサックスの右に出るものはありません。
私が現在所属しているジャズバンドのテナー奏者によれば、テナーサックスの調はソプラノと同じ「B♭管」を採用しています。
しかし、管の長さがソプラノの約2倍あるため、実音はソプラノサックスのちょうど1オクターブ下の音域になります。アルトサックスと比べると完全4度低い音域を担当することになります。
太い息のコントロールとサブトーンの魅力
記譜音の範囲は他のサックスと同じ「下のシ♭」から「上のファ♯」ですが、楽器の管体が大きく、マウスピースもアルトに比べて一回り以上大きくなります。
そのため、アルトサックスと全く同じ感覚で息を入れても十分な音量が鳴らず、より多くの肺活量や、太く温かく、そしてスピードのある息のコントロールが求められるそうです。
特にテナーサックスの真骨頂とも言えるのが、低音域(下のドやシ♭など)の表現力です。ジョン・コルトレーンやソニー・ロリンズといった巨匠たちの演奏で聴かれるような、息の「フシュー」というノイズ成分が混じったようなハスキーな音色。
これは「サブトーン」と呼ばれる高度な奏法なのですが、このサブトーンをいかに色っぽく鳴らせるかが、テナーサックス奏者の腕の見せ所であり、一生をかけたテーマだと言います。
【要点】バンドサウンドに絶大な厚みをもたらす中低音
テナーサックスの音域は、人間の大人の男性ボーカルの音域に非常に近いとされています。この男性的な包容力のある中低音は、ベースとギター・ピアノの間を埋める絶妙な帯域(ミッドロウ)に位置しています。
ベースを弾いている私からしても、テナーがこの帯域でしっかりロングトーンを吹いてくれると、バンド全体のサウンドに圧倒的な厚みと説得力が生まれ、リズム隊が非常に演奏しやすくなります。
アルトサックスの華やかで突き抜けるような高音とは対極にある、いぶし銀のような男臭い音色。
激しいブロー(限界まで強く吹き込む奏法)でロックやファンクを熱く盛り上げたかと思えば、甘く囁くようなサブトーンで極上のバラードを聴かせる。
テナーサックスの音域の広さと表現の幅は、多くのプレイヤーを虜にしてやみません。体格がしっかりしている方や、最初から「あの渋いジャズの音を出したい」という明確な目標がある方には、テナーサックスの音域への挑戦を強くお勧めします。
バリトンサックスの音域とLow Aキーの役割
サックス四重奏(カルテット)や、吹奏楽、ビッグバンドのホーンセクションにおいて、全体のサウンドの土台を深く、力強く支えるのがバリトンサックスです。
調はアルトサックスと同じ「E♭管」ですが、管の長さがアルトの約2倍と非常に長いため、実音はアルトのちょうど1オクターブ下の音域を担当します。
私の音楽仲間の間でも、バリトンサックスはその巨大でメカニカルなルックスと、地を這うような重低音の迫力で、常に一目置かれる存在です。ジェリー・マリガンのような洗練されたジャズから、東京スカパラダイスオーケストラのようなアグレッシブなスカまで、存在感は抜群です。
バリトン特有の「Low Aキー」の絶大な効果
バリトンサックスの音域を語る上で絶対に外せないのが、「Low A(ロー・エー)キー」という特殊な機構の存在です。
ソプラノ、アルト、テナーの最低音は記譜音の「下のシ♭」で統一されていますが、現代のバリトンサックスの標準モデルの多くには、さらに半音低い「下のラ(Low A)」を出すための専用キーが搭載されています。
左手の親指(オクターブキーの近く)でこのキーを操作することで、ピアノの鍵盤でいう「C2(ド)」の音まで下がることができます。
たった半音の違いですが、この「実音のド」が出せることで、CメジャーやCマイナーの楽曲においてアンサンブルのルート音(根音)をオクターブ下で完璧に支えることができるのです。
【警告】身体的な負担と激しい息の消耗
バリトンサックスは楽器単体で非常に重く(約5〜6kg以上)、首から下げる一般的なネックストラップだけで長時間の演奏を行うと頸椎や腰を痛める危険があります。
そのため、両肩と背中で重さを分散するハーネス型のストラップを使用する奏者がほとんどです。また、あの巨大な管体を鳴らすためには、大量の息を一瞬で送り込む必要があり、初心者が吹くと、わずか数分で酸欠になって立ちくらみを起こしてしまうほど、体力を激しく消耗するハードな楽器でもあります。
しかし、その肉体的な苦労を補って余りある圧倒的な快感がバリトンにはあります。
ベースを弾く私から見ても、バリトンサックス奏者が短い音符で「バッ、バッ」とアタックの強い低音を吹く瞬間は、まるでチョッパー(スラップ)ベースがリズムを刻んでいるかのような鋭さがあり、背筋に鳥肌が立ちます。
このLow Aのズッシリとした重低音と、管楽器ならではのキレのあるリズム感があるからこそ、ドラムのキックやエレクトリックベースのラインと完璧に絡み合い、バンド全体を揺るがす極上のグルーヴを生み出すことができるのです。
実音と記譜音の違いと移調楽器の基礎知識
さて、各楽器の音域を紹介してきましたが、サックス初心者がバンドやオーケストラで他の楽器と合奏する際、最初に必ずぶつかり、そして最も頭を悩ませる大きな壁が「移調(いちょう)」という概念です。
ピアノやアコースティックギター、私が弾いているベースといった楽器は、「C(ド)」の楽譜を見て「ド」の音を弾けば、当然そのまま「C」の音が鳴ります。これらを「実音楽器(コンサートキー楽器)」と呼びます。
しかし、サックス奏者が見ている楽譜の「ド(記譜音)」は、ピアノなどで実際に鳴る音(実音)とは異なります。これがサックスが「移調楽器」と呼ばれるゆえんです。
なぜ合奏でコミュニケーションエラーが起きるのか
具体的にどういうことか、詳しく説明しましょう。
アルトサックス(E♭管)の奏者が、自分の楽譜の「ド」の運指で吹いたとします。すると、ピアノの音程では「ミ♭(E♭)」が鳴ります。
一方、テナーサックス(B♭管)の奏者が、同じように自分の楽譜の「ド」の運指で吹くと、今度はピアノの音程では「シ♭(B♭)」が鳴るのです。
ベースを弾いている私が、スタジオのリハーサル中に「そこのサビ前のコード、C(ド)で伸ばしてブレイクしよう」と口頭で指示を出したとします。
すると、アルトのメンバーからは「ミ♭」の音が、テナーのメンバーからは「シ♭」の音が返ってくるため、コードがグチャグチャに濁り、最初は頭の中が完全にパニックになりました。
【事実】脳内でのキー変換スキルが必須
バンド内でキー(調)やコードの打ち合わせをする際、この実音と記譜音のズレをメンバー全員が理解していないと、会話が全く噛み合わなくなります。
サックス奏者は、ベースやピアノから「Cのブルースね」と言われた瞬間に、アルトなら「Aのブルース」、テナーなら「Dのブルース」として、瞬時に頭の中でキーを変換(トランスポーズ)して演奏する高度な脳内処理スキルが求められます。
なぜこんな面倒な仕組みを採用しているのか?
ここで誰もが疑問に思うはずです。「なぜ最初から、ピアノと同じ音が鳴るようにサックスを作らなかったのか?」「なぜわざわざ楽譜の読み方を変えるような面倒な仕組みにしているのか?」と。
その答えは、サックス奏者にとって「どの種類のサックスに持ち替えても、同じ指使い(運指)のまま楽譜が読める」という絶大なメリットを最優先しているからです。
もしサックスが実音楽器だった場合、アルトサックスで「ド」の音を出す指使いと、テナーサックスで「ド」の音を出す指使いを、全く別物としてイチから覚え直さなければなりません。
移調楽器のシステムは、サックスの生みの親であるアドルフ・サックスが考案した、奏者の負担を極限まで減らし、一つの運指をマスターすればソプラノからバリトンまで複数の楽器を自在に操れるようにするための、非常に合理的で天才的な仕組みなのです。
ピアノの鍵盤で見るサックスの音域比較
ここで、私が普段バンドの楽曲をアレンジしたり、作曲をしたりする際に必ず触れる「ピアノの鍵盤(88鍵)」を基準にして、サックスの音域がどの位置にあるのかを視覚的に比較してみましょう。
一般的なアコースティックピアノは、一番左の低い「A0」の鍵盤から、一番右の高い「C8」の鍵盤まで、約7オクターブ以上という非常に広大な音域を持っています(出典:ヤマハ株式会社『楽器解体全書』)。
バンドアンサンブルにおいて、ピアノやシンセサイザーは文字通り「全ての帯域をカバーできる王様」のような存在です。
これに対して、管楽器であるサックスは、ソプラノからバリトンまで種類ごとに、自分が最も美しく響く得意な音域をそれぞれ分担して担当しています。
サックス4種の音域対応表(実音表記)
以下の表は、各サックスの通常音域を、ピアノの鍵盤(実際に鳴る実音)に当てはめたものです。
| サックスの種類 | 調(キー) | 実音の音域(ピアノ鍵盤上の目安) |
|---|---|---|
| ソプラノサックス | B♭管 | ラ♭3(A♭3)〜 ミ6(E6) |
| アルトサックス | E♭管 | レ♭3(D♭3)〜 ラ5(A5) |
| テナーサックス | B♭管 | ラ♭2(A♭2)〜 ミ5(E5) |
| バリトンサックス | E♭管 | ド2(C2)〜 ラ4(A4)※Low Aキー使用時 |
表をじっくり見ていただくとわかるように、サックス1本単体の通常音域は約2オクターブ半であり、88鍵あるピアノの広大な鍵盤数と比較すると、カバーできる範囲はかなり狭く見えてしまいます。
「たった2オクターブ半しか出ないの?」と驚かれる方もいるかもしれません。
しかし、人間の一般的な声の音域(約1.5〜2オクターブ)よりは十分に広く、管楽器特有の息の強弱やビブラートといったニュアンスによる表現力は、打弦楽器である鍵盤楽器には決して真似できない圧倒的な強みを持っています。
【要点】サックス四重奏が持つ無限の可能性
単体では音域が限られているサックスですが、ソプラノからバリトンまでの4種類が集まって「サックス四重奏(カルテット)」を組むと、一番低いド2(C2)から一番高いミ6(E6)まで、合計で約4オクターブ半もの音域を網羅することができます。
これにより、まるで弦楽四重奏や巨大なパイプオルガンのような、重厚で立体的、かつ華やかなハーモニーを、たった4人の管楽器奏者だけで作り上げることができるのです。
このように、単体でのメロディ表現力の高さと、アンサンブルでの音域の広さを両立している点が、サックスが発明からわずか100年余りで世界中のあらゆる音楽ジャンルに欠かせない楽器となった最大の理由だと言えますね。
サックスの音域を安定させ理想の音を出すコツ
ここまで、サックスという楽器が持つ物理的な音域の広さや、種類ごとの違い、そして移調楽器としての構造について、理論的な面から解説してきました。
頭で理論を理解することももちろん大切ですが、実際に真鍮(ブラス)でできた楽器を手に取って、自分の思い通りに鳴らすには、各音域の特性を体で覚え、息のコントロール技術を磨く必要があります。
私の周りの管楽器奏者たちを長年見ていると、サックス初心者が出しやすいのは真ん中の中音域ですが、そこから少しずつ上下の音域へ広げていく過程で、全員が必ずと言っていいほど「音が出ない」「音が裏返る」という壁にぶつかっています。
高い音や低い音を出そうと焦るあまり、無理な力みや間違ったアンブシュア(口の形)を身につけてしまうと、後々悪い癖を直すのに大変な時間と苦労を伴うそうです。
正しい息のスピードと量をコントロールできるようになれば、全音域にわたって太く豊かな音色を響かせることができるようになりますので、焦らず一つずつコツを掴んでいきましょう。
初心者が出しやすい中音域と基本の運指
これから楽器店でサックスを購入し、いよいよ練習を始めようと考えている方にまず知っておいていただきたいのは、「すべての音域が最初から均等に出るわけではない」という現実です。
私の知り合いで、音楽教室のサックス講師をしている友人に聞いたところ、初心者がマウスピースを咥えて最も楽に、そしてきれいに音を出せるのは、記譜音の「ソ(G)」から「ド(C)」あたりの中音域だそうです。
なぜこの特定の音域が出しやすいかというと、楽器に吹き込む息の圧力と、リードを支えるアンブシュア(口の周りの筋肉の締め具合)のバランスが、人間の身体にとって最も自然で無理のない状態で保てるからだと言います。
最初は「ソ・ラ・シ・ド」の運指からマスターする
サックスの運指(指使い)は、小学校の音楽の授業で吹いたリコーダーに非常によく似ているとよく言われますが、まさにその通りです。
左手だけで順番にキーを押さえていけば出る「ソ・ラ・シ・ド」の音が、入門としては最適であり、ここから練習をスタートさせるのが鉄則だそうです。
しかし、大人になってから自分の趣味として楽器を始める私たちのようなアマチュアは、「せっかく高い楽器を買ったんだから、早くあの名曲を吹きたい!」「かっこいい高音のソロを吹きたい!」と、つい先を急いでしまいがちです。
私自身、ベースを始めたての頃は、地味なルート弾きの基礎練習をすっ飛ばして、派手なスラップ奏法ばかり練習し、後になってリズムの基礎が全くできていなくてバンドメンバーに迷惑をかけ、ひどく苦労した苦い経験があります。
【事実】基礎固めが後の上達スピードを決定づける
サックスの場合、最初から無理に高い音や低い音を出そうとすると、無意識のうちに口周りの筋肉を余計に締め付けたり、喉を不自然に閉めたりしてしまいます。
これが「リードミス(キーッという金属的な雑音)」や「音が意図せず裏返る」最大の原因になると、多くのプロ奏者や講師が口を揃えて指摘しています。
基礎を徹底的に固める「ロングトーン」の重要性
まずは出しやすい中音域の「ソ」や「ラ」の音で、息をお腹から真っ直ぐ一定の量で入れる感覚と、マウスピースを正しく咥えるアンブシュアを、体に完全に定着させることが最優先です。
メトロノームに合わせて、同じ音量・同じ音程で長く伸ばす「ロングトーン」の練習は、非常に地味で退屈に感じるかもしれません。
しかし、この中音域での毎日のロングトーンこそが、楽器全体をしっかり鳴らすための「車のエンジンのアイドリング」のような重要な役割を果たします。
焦らず、まずは中音域の豊かな響きを体に染み込ませることで、結果的に高音域や低音域に挑戦した際の壁を大幅に低くし、美しい音色の土台を最短距離で作ることができるのです。
低音域が裏返らないための太い息の使い方
中音域が安定して鳴らせるようになった初心者の前に、次に立ちはだかる最初の大きな壁が、下のレから最低音のシ♭にかけての「低音域」のコントロールです。
バンドの管楽器メンバーがスタジオの隅で個人練習しているのを眺めていると、最初の頃は、低音を出そうとするたびに音が「ビーッ」と1オクターブ上に裏返ってしまったり、かすれて息の音しか出なかったりして、非常に苦戦していました。
ベースのような弦楽器であれば、太い弦を指で弾きさえすれば確実に低い音が出ますが、息でリードを振動させる管楽器の場合はそう簡単にはいきません。
「温かい息」と「冷たい息」の違いを理解する
低音がどうしても裏返ってしまう原因の多くは、楽器に吹き込む息の量が圧倒的に足りていないことや、中音域と同じ感覚のまま口を締めすぎてしまっていることにあります。
サックス仲間が後輩に教える際によく使う表現に、「息の温度をイメージしろ」という言葉があります。
低音を豊かに、そして確実に鳴らすためには、細くて鋭い「冷たい息(バースデーケーキのロウソクをフーフーと吹き消すような息)」ではなく、「ハァー」と冬の寒い日に凍えた両手を温めたり、窓ガラスを曇らせたりするような「温かく太い息」を、たっぷり楽器の管の奥深くまで吹き込む必要があるのだそうです。
【注意】アンブシュアの緩めすぎにも要注意
低音を出すために口(アンブシュア)を緩めるよう指導されることがありますが、緩めすぎると今度はピッチ(音程)が極端にぶら下がってしまったり、締まりのないだらしない音色になってしまいます。
下唇のクッションの支えはしっかり保ちつつ、口の中の空間(口腔内)だけを広く保つという、非常にデリケートなバランスが重要だとされています。
喉を開いて全身をリラックスさせる感覚
低い音を出すときは、喉の奥を「あくび」をする直前のようにポッカリと大きく開き、肩や首など上半身の無駄な力を抜いてリラックスすることが何より大切です。
管楽器は、真鍮の楽器本体がスピーカーの役割を果たしますが、その音の源(リードの振動)を生み出しているのは、奏者の肉体そのものです。
体の緊張を解き、お腹の底(丹田)から太い息の柱を立てて、楽器の一番下にあるベルの先まで息をまっすぐ通すイメージを持つことで、楽器全体がビリビリと心地よく共鳴するような、図太くふくよかな低音域を自在に操ることができるようになります。
高音域を綺麗に鳴らすアンブシュアの秘訣
低音域の息のコントロールができるようになると、今度は上のド♯から上のファ♯にかけての「高音域」という、もう一つの大きな壁が待っています。
特にアルトサックスやソプラノサックスでメロディやソロを吹く際、この高音域の音程が正確に、そして綺麗に当たるかどうかで、楽曲全体の印象やプレイヤーとしての説得力が大きく変わってしまいます。
高い音を出そうとすると、人間は無意識のうちに下唇をギューッと強く噛んで、リードをマウスピースに強く押し付けてしまいがちです。これも初心者が陥りやすい罠です。
噛むのではなく「息のスピード」で音程をコントロールする
サックスの構造上、リードを強い力で噛みすぎると、リードが振動するための隙間(オープニング)が完全に塞がってしまい、音が詰まって出なくなってしまいます。
あるいは、「キーッ!」「ピィー!」という、黒板を引っ掻いたような耳障りなリードミス(ピップスとも呼ばれます)が発生してしまいます。
ライブの本番で、一番のハイライトであるソロの最高音でこのリードミスを出してしまい、ステージ上で頭を抱えているサックス仲間を、私は後ろから何度も見てきました。
管楽器専攻の友人によれば、アンブシュアは中音域のときから決して変えず(噛み直さず)、噛む力ではなく「息のスピード」だけで音程をコントロールすることが高音域攻略の絶対的な鉄則だと言います。
【要点】シラブル(舌の位置)の工夫で息を加速させる
高音を出す際は、低音の「ハァー」という温かい息から一転して、「ヒィー」という鋭く冷たい息に切り替えるイメージが効果的だそうです。舌の奥を少し上あごに近づけて持ち上げることで、口の中の容積を意図的に狭くします。
すると、ホースの先を指でつまんだときのように息のスピードが一気に増し、高音がスコーンと当たりやすくなります。
アンブシュアを変えないという鉄則を守る
音が高くなるにつれて、徐々に口を締めていく(噛んでいく)吹き方をしていると、音程が不自然に上ずりやすくなるだけでなく、音色がどんどん細く、貧弱になってしまいます。
ジャズやポップスでプロが鳴らしているような、太くて芯のある圧倒的な高音を出すためには、むしろ高音域に行くほど「口の周りの筋肉はリラックスさせ、お腹の支え(腹圧)と息のスピードだけで音を遠くへ飛ばす」という矛盾したような感覚が必要です。
この「息の圧力を高める」という身体の使い方さえ掴めば、音が細くならず、コンサートホール全体に突き抜けるような、輝かしく色気のある高音域を鳴らせるようになります。
フラジオ奏法で最高音を拡張する練習法
プロのジャズやフュージョン、ロックバンドの熱いライブ演奏を聴いていると、曲のクライマックスでサックス奏者が「キュイーン!」と、まるでエレキギターのチョーキングのように信じられないほど高い超高音を鳴らすのを耳にしたことがあるでしょう。
私もベースを弾きながら、フロントのサックスがあの超高音を出して観客を一気に沸かせる瞬間は、素直に「管楽器はずるいな、かっこいいな」と憧れてしまいます。
あれは、楽器に設計された標準の音域を強引に超えて音を出す、「フラジオ(アルティッシモ)」と呼ばれる特殊奏法です。
倍音(オーバートーン)の原理を利用した魔法の音
管楽器専攻の友人曰く、フラジオとは通常の運指で鳴らす実音ではなく、「倍音(オーバートーン)」という音響学的な原理を利用して、標準の最高音よりさらに上の音域を強制的に鳴らす、非常に高度な技術です。
ギターやベースを弾く方ならわかると思いますが、弦の特定の場所に軽く触れて弾く「ハーモニクス奏法」に非常に近い概念です。
管の長さを変えずに、息の入れ方、喉の開き具合、そして特殊な運指(替え指)を組み合わせることで、本来の音のオクターブ上や、さらにその上の倍音成分だけを抽出して鳴らし分けるのです。
【警告】初心者には推奨されない危険な練習
フラジオは、初心者が数日練習してすぐに出せるような生半可なものではありません。基本の2オクターブ半の音域が全く安定していない状態で、見よう見まねでフラジオの練習を始めると、無理やり音を絞り出そうとして喉を傷めたり、アンブシュアの筋肉を痛める原因になります。
まずは基本音域をムラなく、美しい音色で鳴らせるようになることが絶対条件です。
長期的でストイックな練習が必要な理由
フラジオを習得するためには、まず「オーバートーン練習」という基礎トレーニングが不可欠だと言います。
これは、一つの運指(例えば最低音のシ♭)を押さえたまま、指は一切動かさずに、息と喉のコントロールだけで上の倍音(オクターブ上のシ♭、さらに上のファ、上のシ♭…)を次々と鳴らし分けるという、非常にストイックな練習です。
また、フラジオを出すための運指(替え指)は、楽器のメーカーや個体差、さらには使用しているマウスピースとリードのセッティングによっても正解が変わってきます。
そのため、自分自身の楽器と徹底的に向き合い、「一番綺麗に当たるポイント」を何ヶ月もかけて探り当てる根気が必要です。
習得への難易度は極めて高いですが、これをマスターすることができれば、サックスの音域をさらに1オクターブ以上上に拡張し、ソロ演奏において他の誰にも真似できない圧倒的でエモーショナルな表現力を手に入れることが可能になります。
サックスの音域を理解して表現を広げよう
今回は、サックスの各種類(ソプラノ、アルト、テナー、バリトン)による音域の違いや、移調楽器としての実音の仕組み、そして初心者から上級者までが必ずぶつかる各音域を攻略するためのコツについて、私の周囲の奏者たちの知見を交えて詳しく解説してきました。
サックスという楽器は、単体で見れば約2オクターブ半という、限られた音域しか持っていません。
私が弾いているベースや、コードを鳴らせるピアノやギターに比べれば、一度に出せる音数も一つだけ(単音楽器)ですし、音域自体も狭いと感じるかもしれません。
知識と実践のバランスが上達の鍵
しかし、移調楽器の特性や運指の共通点をしっかりと理解しておくことで、楽譜の読み方や音楽理論の解釈、そして他の楽器とのバンドアンサンブルでのコミュニケーションがグッと楽になり、音楽の解像度が格段に上がります。
また、音域が限られているからこそ、その中でいかに豊かな音色を出すか、いかに歌うようにブレス(息継ぎ)やビブラートをコントロールするかという、管楽器ならではの奥深い表現の追求が可能になるのです。
【結論】一生モノの趣味としてのサックス
正しい息のコントロールと、無理のないアンブシュアを身につければ、サックスはまるで自分自身の声そのもののように、感情の赴くままに表情豊かに歌い上げることができる、一生モノの趣味に最適な素晴らしい楽器です。
大人になってから始めても、正しい手順を踏んで基礎を固めれば、必ず思い通りの音域を鳴らせるようになります。
これから楽器を購入される方も、すでに練習に行き詰まって悩んでいる方も、まずは「自分の出したい音の明確なイメージ」を持つことが何よりも大切です。
好きなサックスプレイヤーのCDを何度も聴き込んだり、ジャズクラブやコンサートに足を運んだりして、「こんな音域で、こんな風にかっこよく吹きたい!」というモチベーションを常に維持してください。
焦らず、少しずつ自分のコントロールできる音域を上下に広げていき、サックスという素晴らしい楽器を通じた音楽の表現を心ゆくまで楽しんでくださいね。
同じように大人になってから音楽の沼にハマったアマチュアのバンドマンとして、皆さんのサックスライフ、そして音楽ライフが最高に豊かなものになることを心から応援しています。
最後までお読みいただきありがとうございました!あなたはどのサックスの音域に一番惹かれましたか?ぜひ、次に挑戦したい楽器を思い浮かべてみてくださいね!



