この記事でわかること(30秒でチェック!)
- ドビュッシー「夢」の客観的な難易度グレードと、実際の演奏で感じる「表現の壁」の正体
- 「アラベスク第1番」や「月の光」と比較した際の技術的な立ち位置と、最適な挑戦順序
- 幻想的な響きを作り出すための具体的な「指使いの極意」「脱力タッチ」「ハーフペダル」の技術
- 手が小さい方やリズム感が不安な方でも、プロっぽく弾きこなすための裏技的攻略法
フランス印象派音楽の巨匠、クロード・ドビュッシー。彼の作品の中でも、初期に作曲されながら長らく出版されなかったという数奇な運命を持つ「夢(夢想 / Rêverie)」は、そのタイトルが示す通り、現実と幻想の狭間を漂うような浮遊感と、胸を締め付けるような甘美な旋律が魅力の傑作です。
ピアノを大人になってから再開された「リターン組」の方や、日々の喧騒を忘れてクラシック音楽の美しい響きに浸りたいと願う方にとって、この曲は「いつかは自分の手で奏でてみたい」と憧れる、まさに夢のようなレパートリーの一つではないでしょうか。
しかし、いざ憧れの楽譜を楽器店で手に取り、ピアノの譜面台に置いてみると、冒頭のシンプルな伴奏形とは裏腹に、「本当に自分に弾きこなせるのだろうか?」「この独特の空気感や色彩感を、私の技術でどうやって表現すればいいのか?」といった不安や疑問が、霧のように次々と湧いてくるものです。
一見すると音符の数はそれほど多くなく、リストの「ラ・カンパネラ」やショパンの「英雄ポロネーズ」のような、指が鍵盤上を飛び回る派手な超絶技巧は求められていないように見えます。ですが、シンプルで音数が少ないからこそ、一音一音の質が問われ、ごまかしが一切効かないという、ドビュッシー特有の恐ろしいほどの難しさが潜んでいるのもまた事実です。
私自身、音楽高校時代に副科ピアノとしてこの曲に取り組んだ際のエピソードをお話ししましょう。当時、バンド活動に明け暮れてベースばかり弾いていた私は、ピアノの練習時間を確保するのが面倒で、「ドビュッシーの『夢』なら音も少ないし、初見でもいけるだろう」と高を括っていました。
しかし、最初のレッスンで先生の前で弾き始めた瞬間、「あなたのピアノは、夢ではなく『騒音』ね」と冷たく言い放たれました。ショックでした。単に正しい音程を正しいリズムで鳴らすだけでは全く「音楽」にならず、ペダルの濁りや、左手の伴奏がメロディをかき消してしまうバランスの悪さに、徹底的に打ちのめされたのです。
ベーシストとして「音の隙間(休符)」や「ボトムの支え」を大切にしているつもりでしたが、ドビュッシーの音楽における「余白」の重要性や、倍音を含めた響きのコントロールは、ジャンルを超えた普遍的かつ深遠なテーマだと痛感させられた瞬間でした。
この記事では、「ドビュッシー 夢 ピアノ 難易度」というキーワードで検索されているあなたに向けて、単なる楽譜上の難易度グレード分けだけでなく、実際に演奏する人間が肌で感じる「体感的な難しさ」や、挫折せずに最後まで仕上げるための具体的な練習メソッドを、私の実体験と失敗談を交えて徹底的に解説します。論理的な分析と情緒的な表現を組み合わせ、あなたのピアノライフをより豊かにする、一生モノのヒントをお届けします。
ドビュッシーの夢はピアノ初心者でも挑める難易度なの?
ピアノを習い始めて間もない方や、長年のブランクを経て再開したばかりの方にとって、次に練習する曲の「選曲」は、その後のモチベーションを左右する重大な決断です。「曲が好きだから」という情熱だけで、自分の実力を遥かに超える無謀な難曲に挑み、譜読みの段階で挫折してピアノそのものが嫌いになってしまうケースは、残念ながら後を絶ちません。では、ドビュッシーの「夢」は、客観的に見てどの程度の実力が求められる楽曲なのでしょうか。まずは、楽譜出版社の公式グレードや一般的な指標を基に、その難易度を詳しく解剖していきましょう。
全音ピアノピースのグレードから見る客観的な指標
日本国内でピアノ学習者にとって最も親しみ深く、楽器店の棚にずらりと並んでいる楽譜といえば、「全音ピアノピース」でしょう。このシリーズでは、各曲の難易度がA(初級)からF(上級)までの6段階でランク付けされており、選曲の際の重要な目安となっています。ドビュッシーの「夢(夢想)」は、この全音ピアノピースにおいて「難易度C(中級)」に分類されています。
この「難易度C」という評価は、具体的にどのようなスキルセットを持っている状態を指すのでしょうか。一般的には、バイエル教則本を卒業し、ブルグミュラー25番練習曲をすべて終了して、ソナチネアルバムやツェルニー30番練習曲に入ったあたりのレベルが該当します。つまり、楽譜の読み方(ト音記号・ヘ音記号)や基本的な指の動かし方は習得済みで、これから表現力を磨いていく段階の学習者に適しているということです。もしあなたが、「エリーゼのために」や「トルコ行進曲(モーツァルト)」あたりを楽しく弾けるレベルであれば、譜読み自体で絶望することはないでしょう。
しかし、ここで一つ大きな落とし穴があります。全音の難易度設定は、あくまで「指が物理的に回るかどうか(メカニックな難易度)」に重きを置いている傾向があるという点です。「夢」の場合、確かに16分音符の速いパッセージや、複雑怪奇な重音トリル、あるいはリストのような跳躍などは登場しません。譜面ヅラだけ見れば、白い鍵盤が多く(ヘ長調)、リズムも穏やかで、非常に弾きやすそうに見えます。
ですが、実際に音を出してみると、「プロのように美しく聴かせること」の難易度は、Cランクの枠には到底収まらない奥深さがあります。単調な8分音符の伴奏を、機械的な打鍵音ではなく「霧のような響き」に変えるコントロール力。メロディラインを途切れさせずに歌うレガート奏法。これらは、単に指が動くだけでは実現できない、耳と感性の修練を必要とする高度な技術です。
私の経験上、ソナチネアルバムをガンガン弾ける技術がある人でも、この「夢」を弾かせると「音が硬すぎる」「雰囲気が全然出ない」「ただの練習曲に聞こえる」と悩むことがよくあります。逆に、指はそれほど速く動かなくても、一音一音を大切に響かせる感性を持っている人の方が、この曲の魅力を引き出せることがあるのです。ですから、全音の「難易度C」という表記は、「とりあえず最後まで通して弾くことは可能」というレベルの目安であり、音楽的に完成させるには「中級の上(C+ または Dに近い)」程度の実力が必要だと捉えておくのが、挫折しないための安全な心構えだと言えます。「弾ける」と「聴かせられる」の間には、大きな川が流れているのです。
【補足情報】海外の難易度評価との違い
興味深いことに、ドイツの権威ある楽譜出版社「G.ヘンレ社」の難易度表では、この「夢」は9段階中の「レベル4〜5(中級)」とされています。これは、同じドビュッシーの「アラベスク第1番(レベル4)」よりも上位、あるいは同等という評価です。日本では「アラベスクの方が難しい」とされることが多いですが、海外では「夢」に求められる繊細な音色コントロール技術や、和声の移ろいを感じ取る能力をより高く評価している証拠と言えるでしょう。世界標準で見れば、決して「簡単な曲」ではないのです。
アラベスク第1番との難易度比較でわかる挑戦の時期
ドビュッシーの作品に挑戦しようと考えたとき、多くの人が最初に候補に挙げるのが「アラベスク第1番」と、この「夢」ではないでしょうか。どちらも初期の作品であり、親しみやすいメロディを持っていますが、ピアノ学習者としての「挑戦の壁」の種類は全く異なります。どちらを先に弾くべきか悩む方のために、詳細に比較してみましょう。
まず、技術的な側面から比較してみましょう。「アラベスク第1番」の最大の特徴にして最大の難所は、「2対3のポリリズム(クロスリズム)」です。右手が8分音符2つを弾く間に、左手が3連符3つを弾く(あるいはその逆)というリズムが曲全体を支配しています。このポリリズムは、慣れていない人にとっては「右脳と左脳が分裂しそう」な感覚に陥るほど厄介な代物です。「タ・タ・タ」と「タ・タ」を同時に感じる必要があり、リズム感が不安定な状態で挑むと、どうしてもつっかえてしまい、流れるような演奏にはなりません。これはまさに「脳トレ」の領域です。
一方、「夢」はどうでしょうか。こちらは基本的に4/4拍子で構成されており、リズムの構造自体は非常にシンプルです。伴奏は8分音符の刻みがメインで、メロディも拍の頭や裏拍に合わせて素直に入ってきます。「リズムを取る」というストレスに関しては、「夢」の方が圧倒的に少ないと言えます。複雑な計算をしなくても、楽譜通りに弾けばリズムが合うため、譜読みの初期段階でのストレスが段違いです。
では、どちらを先に弾くべきか。私の推奨するルートは以下の通りです。
- リズム感に不安がある、またはポリリズムをまだ経験していない場合:
迷わず「夢」からスタートしてください。まずはドビュッシー特有の和音の響きや、ペダリングの感覚をこの曲で養います。リズムの苦労がない分、音色作りに集中できるからです。「ドビュッシーの音」を出すことに専念できる環境を作るのが先決です。 - 指の独立性を鍛えたい、またはハノンやツェルニーが得意な場合:
「アラベスク第1番」から入るのもアリです。指を動かすトレーニングとしての要素が強いため、メカニックを重視するタイプの方は、こちらの方が達成感を感じやすいかもしれません。流れるような分散和音の美しさは、アラベスクならではの醍醐味です。
私自身は、実は「アラベスク」から入って挫折しかけたクチです。ポリリズムに気を取られすぎて、肝心の「美しく歌う」ことがおろそかになってしまったのです。リズムを合わせることに必死で、音がカチカチになり、先生に「それはアラベスク(唐草模様)じゃなくて、針金細工ね」と言われました。その後、「夢」に取り組んで「音を聴く余裕」を取り戻し、改めてアラベスクに戻ったところ、驚くほどスムーズに弾けるようになっていました。急がば回れ。ドビュッシーの世界観を体に染み込ませるには、「夢」はこれ以上ない最高の教材なのです。
もし、あなたが「アラベスク第1番」にも興味があるなら、こちらのドビュッシーのアラベスクは難しい?ピアノ難易度と攻略法も併せて読んでみてください。両曲の特性を知ることで、自分に合った練習計画が立てやすくなるはずです。
月の光に挑む前のステップとして最適な楽曲レベル
ピアノ愛好家の多くが「いつかは弾きたい」と願うドビュッシーの最高傑作、「ベルガマスク組曲」より第3曲「月の光」。この曲は、その知名度と美しさから絶大な人気を誇りますが、難易度は「夢」や「アラベスク」よりも一段階、いや二段階ほど上に位置します。いきなり「月の光」に挑戦するのは、RPGで言えばレベルが足りない状態でボス戦に挑むようなものです。
まず、調性が変ニ長調(D-flat Major)であり、フラットが5つも付きます。黒鍵を多用するため、指のポジション取りが難しく、視覚的にも「黒い!」と感じて、譜読みの段階でアレルギー反応を起こしてしまう人も少なくありません。さらに、中間部では広い音域を使ったアルペジオや、和音の並行移動など、ダイナミックな技巧が要求されます。ここで指がもつれてしまい、曲の美しさを表現するどころではなくなるのです。
これに対し、「夢」はヘ長調(F Major)で、調号はフラット1つだけです。譜読みのハードルは低く、鍵盤上の移動範囲も比較的穏やかです。しかし、ここで重要なのは、「夢」で学ぶ表現技術が、そのまま「月の光」の攻略に直結するという点です。
- 和音の掴み方:ドビュッシー特有の、ふわりとした和音の打鍵感覚。「夢」で学ぶ、鍵盤を掴むようなタッチは「月の光」でも必須です。
- ペダリング:響きを重ねて「音の霧」を作るハーフペダルの技術。「月の光」の冒頭は、ペダルなしでは成立しません。
- 内声のバランス:メロディを浮き立たせつつ、伴奏を溶け込ませるヴォイシング。「月の光」の中間部では、この技術がないと音が団子になります。
これらの要素は、「夢」でじっくりと時間をかけて習得すべき課題であり、これらをマスターしないまま「月の光」に突撃しても、ただ音が並んでいるだけの薄っぺらい演奏になってしまいます。「夢」は、「月の光」というボスキャラに挑むための最強のチュートリアル・クエストのような存在です。焦って背伸びをするよりも、まずはこの曲で「ドビュッシーを弾くための指と耳」を作ることが、結果として「月の光」を美しく弾くための最短ルートになるのです。私も「夢」を経てから「月の光」に入りましたが、和音の響かせ方のコツが掴めていたおかげで、変ニ長調の響きの美しさにすぐに没頭することができました。
プレ・インヴェンション終了後で譜読みは可能か
ピアノ学習の進度において、「バッハ:インヴェンション」に入る前の段階、いわゆる「プレ・インヴェンション」を終えたレベルというのは一つの目安になります。この段階では、左右の手で異なるメロディを弾く「多声部(ポリフォニー)」の基礎ができつつある状態です。
結論から言うと、プレ・インヴェンション終了レベルであれば、「夢」の譜読み自体は十分に可能です。むしろ、バッハなどで培った「複数の旋律を同時に聴き分ける耳」は、ドビュッシーを弾く上で大きな武器になります。「夢」の中にも、右手のメロディに対して左手が対旋律(カウンターメロディ)を歌うような箇所があり、単なる「メロディ+伴奏」という関係以上の理解が求められるからです。
しかし、ここでタッチ(打鍵)の切り替えという大きな課題に直面することになります。バロック音楽や古典派の練習曲では、指の関節をしっかり支え、粒立ちの良いクリアな音(マルカートやノン・レガート)で弾くことが良しとされます。チェンバロのような、ハッキリとした発音を目指すタッチです。
一方で、ドビュッシーのような印象派の音楽では、指の腹を広く使い、鍵盤を撫でるような、あるいは底まで押し込まずに響きだけを拾うような「脱力した柔らかいタッチ」が求められます。指先を立ててカチカチ弾くと、ドビュッシーの音は死んでしまいます。プレ・インヴェンション上がりの学習者が陥りやすいのが、「真面目に弾きすぎて音が硬い」という現象です。
この段階でこの曲に取り組む意義は、譜読み能力の確認ではなく、「今まで習ったタッチの常識を一度捨て、新しい音色の出し方を学ぶ」ことにあります。もしあなたが独学で進めているなら、このタッチの違いに気づくまでに時間がかかるかもしれません。自分の演奏を録音し、プロの音源と聴き比べて「音の角が取れているか」を確認する作業を繰り返すことを強くお勧めします。「指を寝かせて弾くなんて行儀が悪い」と教わってきたかもしれませんが、ドビュッシーではそれが正解になることもあるのです。このパラダイムシフトを楽しめるかどうかが、上達の鍵となります。
幻想的な響きを出すために必要な指使いの基本ルール
ピアノ演奏において「指使い(運指)」は、弾きやすさを決めるだけでなく、音楽表現そのものを左右する重要な要素です。特にドビュッシーの「夢」においては、楽譜に指示された指使いを守るかどうかが、曲の完成度を劇的に変えてしまいます。適当な指使いで弾いてしまうと、フレージングがぶつ切りになり、夢から覚めて現実に戻されてしまうような演奏になってしまいます。
この曲で頻出する重要なテクニックの一つに、「指の入れ替え(指変え)」があります。例えば、ある音を小指(5番)で弾いた後、鍵盤を押し下げたまま素早く中指(3番)や薬指(4番)に入れ替える動作です。これは、次の音へレガート(滑らか)に繋げるために不可欠な技術です。ドビュッシーのメロディは、息の長いフレーズが多く、音が途切れると一気に興醒めしてしまいます。ペダルである程度は誤魔化せますが、指だけで繋げるレガートができていないと、音の芯が繋がらず、表面的な響きになってしまいます。
また、「あえて弱い指を使う」という戦略も重要です。例えば、伴奏の和音を弾く際、力の入りやすい人差し指(2番)や中指(3番)ではなく、コントロールの難しい薬指(4番)や小指(5番)を使うような指示があるかもしれません。これは、人間の手の構造上、弱い指を使った方が自然と音が小さくなり、柔らかいニュアンスが出せるからです。
私が練習していた時、楽譜に書いてある指使いがどうしても弾きづらく、自己流に変えてしまった箇所がありました。しかし、レッスンで先生に指摘され、元の指使いに戻してみると、不思議なことに「弾きにくいからこそ、慎重に触れるようになり、結果として美しい音が出た」のです。作曲者や校訂者が考え抜いた指使いには、必ず音楽的な意味があります。「弾きにくい」と感じたら、それは「物理的に無理」なのではなく、「その指使いでしか出せない音色がある」というヒントなのかもしれません。
具体的な練習としては、まず「ペダルなし」で、指使いだけで可能な限り音を繋げる練習をしてみてください。指が鍵盤の上を這うように、蜘蛛(クモ)が糸を辿るように移動させるイメージです。面倒がらずに、指一本一本の役割を意識して配置することが、幻想的な響きへの第一歩です。
ドビュッシーの夢をピアノで攻略する難易度の壁とコツ
ここまでは難易度の位置づけや準備段階の話をしてきましたが、ここからは、実際に楽譜を広げて練習を開始した後にぶつかるであろう「具体的な壁」と、それを乗り越えるための実践的なコツを解説していきます。音高卒のバンドマンとして、感覚的な話だけでなく、論理的にどう体を動かせばよいかをお伝えします。
左手の内声を抑えるヴォイシングで響きを整える練習法
「夢」を演奏する上で、多くのアマチュア奏者が最も苦労し、かつ演奏の質を下げてしまっている原因が、「左手の伴奏がうるさすぎる問題」です。この曲の左手は、多くの場合「ベース音(ルート)」と「和音の刻み(内声)」を同時に担当します。例えば、小指で低い「ファ」を弾きながら、親指側で「ラ・ド」の和音を8分音符で刻むといったパターンです。
ここで何も考えずに弾くと、人間の手の構造上、親指(1番)に力が入りやすく、内声の「ラ・ド」がガンガン鳴ってしまいます。これでは、せっかくの美しいメロディがかき消され、夢どころか騒音になってしまいます。ここで必要になるのが、「ヴォイシング(各声部の音量バランス調整)」です。
具体的な練習方法を紹介しましょう。
- 左手の分解練習:
まず、左手の小指(ベース音)だけをフォルテ(強く)で弾きます。この音は響きの土台となるため、しっかり芯のある音が必要です。ベースの音が豊かであればあるほど、上の和音が安定します。 - ゴーストタッチ練習:
次に、親指側の和音を「音が出ないギリギリの深さ」で触る練習をします。鍵盤を底まで押し込まず、表面を撫でるように動かします。これにより、「親指側は力を抜く」という感覚を脳と筋肉に覚え込ませます。指先だけで弾くのではなく、手首の力を抜いて「重さを乗せない」ことがポイントです。 - バランスの統合:
最後に、小指はしっかり鳴らし、親指側は「かすかに鳴る程度」で弾いてみます。成功すれば、ベースの豊かな響きの上に、霧のような和音が乗っている状態が作れるはずです。
私はベース奏者としてバンドで演奏する際も、ルート音をしっかり出しつつ、不要な高音成分をミュートしてアンサンブルを支えることを意識しますが、ピアノの左手も全く同じ役割を担っています。「主役は右手のメロディ、左手は照明係」という意識を徹底してください。照明が明るすぎると、主役の顔が見えなくなってしまいますからね。
【注意】ペダルで誤魔化さない!
音がうるさいのをペダルでぼかそうとするのは逆効果です。音が混ざってさらに濁るだけです。まずはペダルなし(ノン・ペダル)で、指先のコントロールだけで完璧なバランスを作れるようになるまで、地道な片手練習を繰り返してください。
印象派特有の濁らせないペダルやハーフペダルの技術
ドビュッシーのピアノ曲において、ダンパーペダル(右のペダル)は「ピアノの魂」とも言える重要な装置です。しかし、使い方は非常に繊細です。ロマン派の曲のように「和音が変わるタイミングで完全に踏み替える」だけでは、ドビュッシーらしい色彩感は生まれません。
ここで必須となるテクニックが「ハーフペダル」です。これは、ペダルを一番下まで踏み込まず、半分や3分の1程度の深さで止める技術です。これにより、ダンパー(弦の振動を止めるフェルト)が弦に「触れるか触れないか」の状態になり、音が完全に消えず、かといって響きすぎない、絶妙な残響を作り出すことができます。
「夢」では、和音が変わっても前の小節の響きを少し残したい場面や、メロディラインだけを浮き立たせたい場面が多々あります。完全に踏み変えてしまうと音が「プツッ」と切れて現実に戻されてしまいますし、踏みっぱなしだと音が濁って汚くなります。その中間の、「滲(にじ)ませる」感覚が必要です。
練習のコツは、「足ではなく耳を使うこと」に尽きます。自分の出している音をよく聴き、「あ、少し濁ってきたな」と思ったらペダルを数ミリ上げる。「響きが足りないな」と思ったら数ミリ下げる。この微調整をリアルタイムで行うのです。私が音楽高校で教わった時は、「ペダルを震わせるように踏む(ビブラートペダル)」という技法も習いました。細かくペダルを上下させることで、響きを常にリフレッシュさせながら持続させる高度な技ですが、慣れてくると非常に効果的です。
まずは、自宅のピアノ(電子ピアノの場合はハーフペダル対応か要確認)で、ペダルの深さと響きの変化を実験してみてください。ペダルを深く踏んだ時の「ゴーッ」という響きと、浅く踏んだ時の「フワッ」という響きの違いを感じ取れるようになれば、あなたのドビュッシーは一気に本格的になります。
初心者が迷いやすいリズムの揺らし方とルバートのコツ
ドビュッシーの音楽において、テンポやリズムの扱いは非常に独特です。「夢」を演奏する際、メトロノームに合わせてカチカチと正確に弾きすぎると、なんとも味気ない、ロボットが演奏しているような曲になってしまいます。かといって、「感情の赴くままに」と好き勝手にテンポを揺らすと、今度は音楽の骨格が崩れ、聴いている人が船酔いするような不安定な演奏になってしまいます。
ここで重要になるのが、「ルバート(Tempo Rubato)」の正しい解釈です。ルバートとは、イタリア語で「盗まれた時間」を意味し、ある部分で速くした分、別の部分でゆっくりにして帳尻を合わせる、つまり「時間の貸し借り」を行う奏法です。
初心者が陥りやすいミスは、フレーズの途中で急に遅くなったり、逆に走ったりして、拍節感(1・2・3・4というカウントの感覚)を完全に見失ってしまうことです。私がバンドでベースを弾く際もそうですが、どんなに自由にフレーズを歌っても、心の中では一定のパルス(拍動)が鳴り続けている必要があります。ピアノソロであっても、指揮者が心の中にいて、基本のテンポをキープしつつ、その上でメロディだけが波のように揺らぐのが理想的なルバートです。
具体的な練習手順としては、以下のステップをおすすめします。
- インテンポ(一定の速度)での練習:
まずは感情を排して、メトロノームを使って機械的に弾けるようにします。ここでリズムの割り振りや、左手の伴奏の安定感を体に叩き込みます。土台がしっかりしていない建物は、装飾をつけたら崩れてしまいます。 - フレーズの頂点を意識する:
メロディが盛り上がる(音が高くなる)頂点に向かって、ほんの少しだけ「前に進む(加速する)」意識を持ちます。坂道を駆け上がるようなエネルギーです。 - フレーズの収束で落ち着く:
フレーズが終わる部分、特に和音が解決して安心する部分では、「ふぅ」と息を吐くように時間をたっぷりと取ります(リタルダンド気味に)。ここで借りた時間を返済するわけです。
「夢」の中間部など、少し動きが出る部分では動きを出し、冒頭のテーマに戻ってきたらまた夢心地のテンポに戻す。この「静と動のコントラスト」を意識するだけで、演奏が一気にプロっぽくなりますよ。自分の演奏を録音して、客観的に「やりすぎじゃないか?」「退屈じゃないか?」を確認するのも効果的です。
手の大きさが足りない場合のオクターブや和音の対処法
大人のピアノ再開組や、手が小さめの方にとって切実な悩みが、「届かない和音」の問題です。ドビュッシーは手が大きかったと言われており、彼の作品には10度(1オクターブ+2音)以上の広い和音が平気で登場します。「夢」においても、左手の伴奏で広い音域をカバーしなければならない場面があります。
無理をして指を広げようとすると、手首や指の付け根を痛めてしまい、最悪の場合は腱鞘炎(けんしょうえん)になってピアノが弾けなくなってしまいます。これは絶対に避けなければなりません。では、どうすればよいのでしょうか。正解は、「アルペジオ(分散和音)で処理する」ことです。
和音を同時に鳴らすことにこだわらず、「タラーン」と下から上へ素早くずらして弾くのです。これは恥ずかしいことでも妥協でもなく、立派な演奏テクニックの一つです。むしろ、ドビュッシーのような曲では、和音をずらすことでハープのような優雅な響きが生まれ、曲の雰囲気にマッチすることさえあります。プロのピアニストでも、手が届いていてもあえてずらすことがあるくらいです。
アルペジオにする際のコツは2つあります。
- 拍の頭をどこにするか:
一般的には、一番下のベース音を拍の少し前に出し(前打音のように)、一番上のメロディ音が拍の頭(ドン!)に来るようにタイミングを合わせると、リズムが崩れて聞こえません。ベース音を「ヨイ」、上の音を「ショ」と弾く感覚です。 - 手首の回転を使う:
指だけで広げようとせず、ドアノブを回すように手首を回転させて音を取ります。小指で低い音を弾いたら、手首をくるっと回して親指で高い音を弾くイメージです。いわゆる「回転奏法」です。
私は手がそれほど大きくないので、この「回転奏法」を駆使しています。音が途切れないようにペダルでうまく繋げば、聴いている人には「手が届いていない」とは全く気づかれません。自分の身体的特徴を受け入れ、工夫で乗り越えるのも、楽器演奏の醍醐味の一つです。手が小さいことを嘆くよりも、どうやって美しく響かせるかを考える方が、ずっとクリエイティブで楽しいですよ。
おすすめの楽譜選びとヘンレ版や全音版の大きな違い
最後に、これから練習を始める方へ「楽譜選び」のアドバイスです。同じ「夢」という曲でも、出版社によって楽譜の中身(解釈や指使い)が微妙に異なることをご存知でしょうか。どれを選ぶかで、練習の効率や最終的な仕上がりが変わってくる可能性があります。
1. 全音ピアノピース(全音楽譜出版社)
最も入手しやすく、価格も手頃です(ピース番号:No.380)。難易度は「C」と記載されています。最大のメリットは、解説が日本語で詳しく書かれている点と、日本人の手に合わせた無理のない指使いが提案されている点です。初心者の方や、まずは気軽に弾いてみたいという方は、この版で全体像を掴むのが、最も挫折しにくいルートでしょう。
2. G.ヘンレ社(原典版)
青い表紙でおなじみのドイツの出版社です。作曲家ドビュッシーが書いた自筆譜や初版を徹底的に研究し、「ドビュッシーが本当に書きたかったこと」を忠実に再現しようとした版です。研究者やプロの演奏家はまずこれを参照します。指使いは合理的ですが、西洋人の手を想定しているため、時々「これ、届かないよ!」という箇所もあります。しかし、スラーの切れ目や強弱記号の正確さはピカイチです。全音版にはないアクセントがついていたり、逆にスラーが長かったりと、発見が多いです。
3. デュラン社(Durand)
ドビュッシーの作品を最初に出版したフランスの会社です。歴史的な価値は高いですが、現代の版に比べると見づらい場合があり、上級者向けと言えます。
| 楽譜の種類 | メリット | デメリット |
|---|---|---|
| 全音ピアノピース | 安価でどこでも買える。日本語解説あり。 | 校訂者の意図が強く入っている場合がある。 |
| ヘンレ版(原典版) | 作曲者の意図が正確。紙質が良く開きやすい。 | 価格が高い。解説が外国語。 |
私のおすすめは、まずは全音版でスタートし、「もっと深く知りたい!」「なんだかここがしっくりこない」と思ったタイミングでヘンレ版などを買い足して、「読み比べる」楽しさを味わってみることです。楽譜の違いに気づくこと自体が、あなたの耳と知識がレベルアップした証拠です。複数の楽譜を持つことは、決して無駄遣いではありません。それは、作曲家へのリスペクトであり、自分への投資なのです。
より詳しい楽譜の選び方や難易度の基準については、全音楽譜出版社の(出典:全音楽譜出版社)なども参考にすると、自分の実力に合った次の目標曲が見つかりやすくなります。
憧れのドビュッシーの夢をピアノで弾く難易度まとめ
ドビュッシーの「夢」は、技術的な難易度こそ「中級」ですが、表現の深さにおいては「上級」への入り口とも言える奥深い楽曲です。「指が回るかどうか」ではなく「耳が育っているかどうか」が問われる、大人のためのピアノ曲と言えるでしょう。
譜読みのしやすさに油断せず、一音一音の響きにこだわり、ペダルと指先のタッチを磨いていけば、必ずあなただけの「夢」の世界を描けるようになります。もし練習に行き詰まったら、焦らずテンポを落とし、片手練習に戻ってみてください。遠回りに思えるその時間が、一番の近道です。そして、完成した暁には、ぜひ部屋の照明を少し落として、自分の出した音に酔いしれてみてください。その瞬間、あなたは日常を忘れ、ドビュッシーが見た夢の世界に遊ぶことができるでしょう。
あなたの指先から紡ぎ出される「夢」が、日々の生活に美しい彩りを添えてくれることを、心から応援しています。さあ、ピアノの蓋を開けて、夢の世界へ旅立ちましょう。



