⏱️ 30秒まとめ:この記事の要点
- 音楽적ルーツ:中学時代に「水槽がある部活」と間違えて吹奏楽部に入部。トロンボーン、バスクラリネットを経て基礎を確立。
- 驚異の実力:東京スカパラダイスオーケストラや武田真治も絶賛。世界的に希少な「バスサックス」を吹きこなす肺活量と技術。
- 唯一無二の存在:魚類学者としての「探究心」と音楽への「情熱」が融合。使用楽器はセルマー製を全種類コンプリート。
- 生き方の哲学:好きなことを複数極める「二刀流」の先駆者。音楽を通じた調和といじめへの深い洞察が共感を呼ぶ。
テレビ番組やCMで、トレードマークのハコフグ帽子を被ったまま見事なサックス演奏を披露するさかなクン。
そのギャップに「えっ、あんなに吹けるの?」と驚き、思わず検索した方も多いはずです。
実は彼は、単なるタレントの余興レベルを遥かに超えた、筋金入りの管楽器プレイヤーなんですよね。
音楽高校を卒業し、今は社会人としてベースを弾いている私の視点からも、彼の演奏は本物だと確信しています。
今回は、彼がなぜ楽器を始めたのかという有名な勘違いエピソードから、愛用しているマニアックな機材の秘密まで。
周囲のプロ奏者たちの意見も交えながら、その凄さを徹底的に深掘りしてお伝えしますね。
結論として、さかなクンは「お魚」と同じくらい情熱を「音楽」に注ぎ続けてきた多才な表現者です。
この記事を読めば、彼の演奏がなぜ人の心を打つのか、その理由が論理的に理解できるはずですよ。
さかなクンのサックスが注目される理由と驚きの経歴
さかなクンがサックスを手に取り、日本中を驚かせるほどの腕前を披露するようになった背景には、単なる「趣味」の一言では片付けられない、深く濃密な音楽キャリアが存在しています。
彼がどのようにして音楽の基礎を築き、どのような情熱を持って楽器に向き合ってきたのかを紐解くことは、私たちアマチュア奏者が上達のヒントを得る上でも非常に有益です。
さかなクンの音楽への取り組みは、中学・高校の6年間という吹奏楽部での徹底した基礎固めに根ざしています。
現在は魚類学者として多忙を極める彼ですが、音楽に対する姿勢は常に「真剣勝負」であり、その根底には学生時代に培われた音楽理論と合奏経験が息づいているのです。
水槽学と吹奏楽を勘違いした中学時代の入部秘話
さかなクンと楽器の運命的な、そして少し笑える出会いは、中学1年生の春に遡ります。
当時からお魚が大好きだった彼は、部活動紹介のリストの中に「吹奏楽部」という文字を見つけました。
この時、彼は文字通り「水槽がたくさん並んでいて、お魚を観察したり研究したりできる『水槽学部』」だと信じて疑わなかったのです。
期待に胸を膨らませて音楽室の扉を開けた彼を待っていたのは、水の音ではなく、部員たちが一斉に鳴らす金管楽器の轟音と、眩いばかりに光る楽器の山でした。
普通の中学生であれば、自分の勘違いに気づいた瞬間に気恥ずかしさで立ち去ってしまうところですが、さかなクンは違いました。
目の前に並ぶサックスやトロンボーンのメカニカルな構造、そして金属の曲線美に、お魚の骨格や鱗の並びにも似た「自然界の造形美」を見出したのです。
私は高校を卒業してからベースを始めましたが、最初に楽器屋でベースを見た時の「この鉄の塊からどんな音が出るんだろう」という高揚感は今でも覚えています。
さかなクンの場合、その好奇心がお魚への愛と音楽への興味を瞬時に結びつけたのでしょう。
結局、彼は「お魚はいなかったけれど、楽器がかっこいいから」という理由で、そのまま入部を決めました。
音楽高校時代の友人たちに、当時の彼の様子を聞いたことがありますが、彼は入部直後から誰よりも熱心に楽器を磨いていたそうです。
お魚を愛でるように楽器を慈しむ。その姿勢こそが、後の驚異的な上達速度を支える精神的な土台となりました。
「やりたいことと違った」と絶望して辞めてしまうのではなく、新しい世界の面白さを見つけるポジティブさ。
これこそが、何事かを成し遂げる人の共通点なのかもしれませんね。
また、吹奏楽部の練習は非常に厳しく、毎日のロングトーンや基礎練習の繰り返しです。
多くのアマチュアがこの段階で「つまらない」と感じて脱落していきますが、彼は違いました。
一つの音を出し続ける練習さえも、お魚の呼吸を観察するように楽しんでいたと言われています。
基礎を疎かにしないこの時期の積み重ねが、今の彼の正確なピッチと豊かな音色を作っているのです。
「勘違い」を「運命」に変えた圧倒的好奇心
さかなクンのエピソードから私たちが学べるのは、最初の一歩がどんなに偶然であっても、その後の取り組み方次第で人生は大きく変わるということです。
彼は「水槽学」という名前の聞き間違いを、自分の人生を豊かにする「吹奏楽」との出会いに昇華させました。
この柔軟な思考は、変化の激しい現代社会で新しい趣味や技術を習得する際にも、非常に重要なヒントになります。
私は音楽高校で理論を学びましたが、やはり一番の上達のコツは「その対象をどれだけ好きになれるか」に尽きると感じています。
さかなクンにとって、サックスのキイを叩く感覚は、きっとお魚に触れるときと同じくらいの喜びだったのでしょう。
「好きこそ物の上手なれ」をこれほど高次元で体現している人は、他に類を見ません。
音楽室という「水槽」の中で、彼は新しい泳ぎ方を覚え、仲間と共に音の海を泳ぐ術を学びました。
この6年間の濃密な時間は、後に彼が社会に出て、魚類学者として世界中を飛び回るようになっても、常に心のどこかで鳴り続けていたはずです。
吹奏楽部時代の担当楽器や中学と高校での活動内容
吹奏楽部に入部したさかなクンが最初に手にした楽器は、トロンボーンでした。
トロンボーンはスライドを動かして音程を変える、非常にダイナミックで直感的な楽器です。
中学時代の彼は、このトロンボーンでアンサンブルの楽しさを身体に叩き込みました。
しかし、彼の探究心は一つの楽器に留まりませんでした。
高校に進学すると、彼は「バスクラリネット」という、より低音域で渋い音色を放つ楽器に転向します。
吹奏楽におけるバスクラリネットは、まさに「縁の下の力持ち」であり、バンド全体の音に深みと厚みを与える重要なポジションです。
私の周りの管楽器奏者に聞くと、バスクラリネットは木管楽器の中でも特に肺活量が必要で、楽器の重さも相当なものだそうです。
「音が鳴らない」「リードがすぐにダメになる」といった数々の苦労がある楽器ですが、彼はそれを楽しみながら克服していきました。
この「低音を支える」という経験が、現在のバスサックス演奏におけるリズム感の良さに直結しています。
私がベースを弾いていて感じるのは、音楽の土台を作る低音パートの責任の重さと楽しさです。
さかなクンも学生時代、メロディの裏で鳴り響く低音の心地よさに魅了されていたのではないでしょうか。
高校時代には吹奏楽コンクールの県大会や関東大会といった大きな舞台を目指し、夏休み返上で練習に明け暮れていたと言います。
また、彼は自分の担当楽器だけでなく、他のパートの譜面を読んだり、合奏の録音を聴き返して分析したりするのも好きだったようです。
これはまさに、私たちがバンドで楽曲をコピーする際に行う「アナリーゼ(楽曲分析)」そのものです。
音楽高校出身の私から見ても、こうした「全体を俯瞰する視点」を10代で身につけていたことは、彼の音楽的センスを語る上で欠かせません。
低音楽器が育んだ「アンサンブルの心」
トロンボーン、バスクラリネットと、彼は一貫して「低音」の魅力を追い求めてきました。
低音楽器の奏者は、自分の音を際立たせることよりも、周囲の楽器をいかに美しく響かせるかに心を砕きます。
この「献身的な演奏スタイル」が、後に彼がスカパラなどのプロと共演した際、相手を立てつつ自分も輝くという絶妙なバランス感を生みました。
私のバンド仲間でも、低音パート出身の人間は、総じて「聴く耳」が非常に発達しています。
ドラムのキックのタイミング、キーボードの和音の広がり、ボーカルの呼吸。
さかなクンも学生時代、指揮者のタクトをじっと見つめながら、一音一音に魂を込めていたのでしょう。
学生時代の部活動は、単なる技術習得の場ではなく、社会に出るための「協調性」と「粘り強さ」を学ぶ場所でもありました。
現在、彼がサックスを吹くときに、リズムが一切揺るがないのは、この時期に培われた「メトロノームのような正確な体内時計」があるからです。
派手なソロを吹く前に、まずは土台を固める。
その音楽的な誠実さこそが、彼の演奏が聴く人の心に深く刺さる理由なのだと私は確信しています。
魚への愛が生んだバスクラリネットとの出会い
高校進学時、さかなクンが数ある楽器の中から「バスクラリネット」を選んだ理由は、単に低音が好きだったからだけではありません。
そこには、彼ならではの「お魚目線」の美学が強く反映されていました。
バスクラリネットという楽器を詳しく見たことがある方は、その独特な形状に驚くはずです。
黒く艶やかな木製の管体、そして先端に向かって銀色に輝きながら大きく湾曲するベル(音の出口)。
さかなクンにとって、この楽器のフォルムは、どこか深海を泳ぐ奇妙で美しい「深海魚」や、硬い殻を持つ「甲殻類」の造形に通じるものがあったようです。
私の周りでこの楽器を専門にしている奏者に聞くと、バスクラリネットは「管楽器界のシーラカンス」のように例えられることもあるのだとか。
複雑に組み合わさった銀色のキイのメカニズムは、まるで魚のヒレを支える条骨(じょうこつ)のように見えたのかもしれませんね。
「自分が美しいと感じるもの」を迷わず選ぶ。この直感の鋭さが、彼を唯一無二の表現者へと導きました。
しかし、バスクラリネットは演奏面では非常に我慢強さを求められる楽器でもあります。
管体が長いため、一番下の音を出すときには指だけでなく、足元のペダル(キイ)操作が必要な場合もあります。
また、湿度や気温の変化に敏感で、少しの環境変化で木が割れてしまったり、音が出にくくなったりします。
音楽高校時代の管楽器専攻の友人たちは、「バスクラはメンテナンスが絶望的に大変でもどかしい」とよく嘆いていました。
それでもさかなクンがこの楽器を愛し続けたのは、お魚の世話をするのと同じように、楽器のケアさえも楽しんでいたからでしょう。
生き物を育てるように楽器と向き合う姿勢は、現在彼が所有する膨大なサックスコレクションの管理にも活かされています。
形へのこだわりが音の説得力を生む
楽器選びにおいて「見た目」を重視することは、実はプロの世界でもよくある話です。
私も初めて自分のベースを選んだときは、音色以上に「このボディの曲線がたまらなくカッコいい」という理由で決めてしまいました。
自分が心から愛せる形の楽器を手にすることは、日々の厳しい練習に耐えるための最大のモチベーションになります。
さかなクンの場合、楽器を「単なる道具」ではなく「一つの生命体」として捉えているように見えます。
マウスピースを装着する角度、リードの湿らせ具合、ストラップの調整。
その一つ一つの所作に、対象への深い敬意と観察眼が宿っています。
仲間の奏者によれば、彼が楽器を構えた瞬間の立ち姿は、まるで魚がヒレを広げて威嚇、あるいは求愛しているかのような躍動感があるそうです。
視覚的な美しさと聴覚的な喜びが彼の中で一体化しているからこそ、あの説得力のある音が生まれるのですね。
「好き」という感情が、技術的な壁を軽々と飛び越えさせてくれる。そんな音楽の魔法を、彼は高校時代のバスクラリネットとの出会いで確信したのでしょう。
音楽と魚の道で悩んだ過去ときっかけのエピソード
高校卒業を控え、さかなクンには人生最大の分岐点が訪れました。
吹奏楽部で全国大会を目指すほど音楽にのめり込んでいた彼は、本気で「音大に進んでプロの演奏家になりたい」と考えたこともあったそうです。
一方で、幼少期から彼を突き動かしてきた「お魚への探究心」も、決して消えることはありませんでした。
「朝から晩まで魚のことだけを考えていたい自分」と「ステージでサックスやバスクラを鳴らしていたい自分」。
この二つの情熱の板挟みになり、進路希望調査票を前にした彼は、言葉にできないほどのもどかしさを感じていたと言います。
しかし、そんな彼を救ったのは、お母様の「好きなことをやりなさい」というシンプルで力強い言葉でした。
And彼自身が出した結論は、「魚の専門家になれば、その傍らで一生音楽を楽しみ続けることができる」という、非常に柔軟で論理的なものでした。
もしこの時、無理に音楽の専門家になる道を選んでいたら、私たちは今の「さかなクン」という太陽のような存在に出会えていなかったかもしれません。
私は音楽高校を卒業後、現在はWebマーケティングの仕事をしながらアマチュアとしてバンド活動を続けています。
自分の生活の基盤(仕事)をしっかり持ちつつ、誰にも邪魔されない自由な空間で楽器を奏でる喜び。
さかなクンが選んだ「二刀流」の生き方は、実は現代の大人にとって最も豊かで持続可能な音楽との付き合い方なんですよね。
「プロ」にならないことで守られた純粋な情熱
音楽を仕事にすると、どうしても「評価」や「報酬」といった現実的な問題がつきまといます。
「流行りの曲を演奏しなければならない」「常に完璧でなければならない」というプレッシャーは、時に音楽を楽しむ心を蝕みます。
さかなクンが、音楽の道でプロにならなかったことは、結果として彼の「純粋な音楽愛」を一生守り抜くことに繋がりました。
彼は魚類学者としての地位を確立した後、その知名度を活かして、憧れのスカパラと同じステージに立つという奇跡を起こしました。
これは、一つの道を極めた者が、別の道でも認められるという「情熱の連連」が起きた結果です。
「どちらかを選ぶ」のではなく「どちらも極めるために、まずは片方に全力投球する」という彼の戦略は、私たちアマチュア奏者にとっても非常に参考になります。
私は平日は論理的な視点で数字を追いかけ、週末は感性のままにベースを弾いています。
この「脳の切り替え」があるからこそ、どちらの活動も新鮮な気持ちで続けられるのです。
さかなクンのサックス演奏が、いつも弾けるような喜びに満ちているのは、彼が音楽を「義務」ではなく「最高の解放」として捉えているからに他なりません。
いじめに関するメジナのエッセイと吹奏楽の思い出
さかなクンが2006年に朝日新聞に寄稿したエッセイ「広い海へ出てみよう」は、今なお語り継がれる名作です。
狭い水槽の中で特定のメジナがいじめられる様子を観察し、そこから人間のいじめ問題へと思索を広げた内容ですが、この執筆の背景には、彼の「吹奏楽部時代の体験」が色濃く反映されています。
吹奏楽部は、密閉された音楽室という特殊な環境で、何十人もの人間が長時間、同じ目標に向かって音を出し続けます。
そこは「調和」を重んじる場所であると同時に、音程のズレやミスが許されない、非常にストレスフルな「小さな水槽」のような空間でもあります。
若き日のさかなクンも、部員同士の衝突や、技術の優劣で生まれる微妙な空気感に、胸を痛めることがあったのでしょう。
彼はエッセイの中で、「水槽にいじめっ子のメジナがいても、広い海に出ればみんな仲良く泳ぐ」と語っています。
これは、音楽室で悩んでいた自分自身に対して、「もっと広い世界に目を向ければ、自分を受け入れてくれる場所は必ずある」と言い聞かせていたのかもしれません。
私の音楽高校時代の同級生も、「部活を辞めたくなった時は、さかなクンのエッセイを読んで泣いた」と言っていました。
音楽が教えてくれた「本当の共生」
いじめの問題を乗り越え、彼が音楽を続けてこれたのは、楽器が持つ「言葉を超えた対話」の力を信じていたからだと思います。
お魚の世界には言葉がありませんが、ヒレの動きや泳ぎ方で意思を伝えます。
吹奏楽も同じで、言葉で喧嘩をしても、音を合わせる瞬間だけは心が一つになれる不思議な力があります。
さかなクンは、部活動での葛藤を通じて「他者の音を聴くことの大切さ」を学びました。
それは、自分勝手に泳ぐのではなく、群れ全体が美しく見えるように泳ぐ魚たちの知恵に似ています。
彼が現在、どんな著名なミュージシャンとも即座にセッションできるのは、こうした「他者への敬意」が学生時代に培われたからですね。
音楽は、競い合うための道具ではなく、認め合うための手段。
彼が奏でるサックスの優しい音色は、かつて小さな水槽(部活動)で悩み、広い海(社会)へと羽ばたいた彼の魂の叫びそのものなのです。
その背景を知って聴く彼の演奏は、より一層私たちの心に深く響きます。
(出典:朝日新聞デジタル『さかなクンの「広い海へ出てみよう」』)
氷結CMやスカパラで話題のさかなクンのサックス
日本中が「さかなクンは本物のミュージシャンだ」と確信した瞬間は、間違いなくあのキリン氷結のCMだったでしょう。
黒いスーツに身を包み、いつもの明るいキャラクターを封印して重低音を響かせる姿は、まさに衝撃的でした。
ここでは、その伝説的な共演の裏側と、プロ奏者をも唸らせた彼の技術的な凄みについて、さらに深く掘り下げていきますね。
このプロジェクトが成功したのは、彼が「魚類学者」としての知名度ではなく、純粋に「一人の奏者」としての実力を持っていたからです。
スカパラのメンバーが彼を「GYO」として対等に迎え入れた事実こそが、彼の音楽人生の最大の証明と言えるでしょう。
キリン氷結のCMで演奏したバスサックスの種類
2016年に放送されたあのCMで、さかなクンが抱えていた巨大な楽器。
「バリトンサックスの親戚かな?」と思った方も多いかもしれませんが、あれはさらに一回り大きく、より深い音域を持つ「バスサックス」という非常に希少な楽器です。
サックスの中で最も一般的なアルトサックスと比べると、その大きさの差は一目瞭然です。
バスサックスは管体が約2メートル近くあり、その複雑に折り返された管の構造は、まさに巨大な深海生物のような威容を誇ります。
私の周りのサックス奏者に聞くと、「バスサックスは吹奏楽団やジャズビッグバンドでも滅多に使われない、絶滅危惧種のような楽器」だそうです。
そんなマニアックな楽器をあえてチョイスし、しかも自分の手足のように操る姿は、まさに驚異的です。
彼はこのバスサックスを、単なる小道具としてではなく、自分の音楽表現に欠かせない「メインウェポン」として完全に使いこなしていました。
あの時、テレビから流れてきた地響きのような低音は、彼の並外れた情熱が形になった音だったのですね。
超弩級の楽器を鳴らし切る「肺活量」と「気合」
バスサックスを演奏する上で最大の障壁となるのは、その膨大な「息の消費量」です。
楽器が巨大になればなるほど、管の中に空気を充填させるだけでも一苦労です。
普通の人が吹けば、スカスカという空気の抜ける音しか出ず、一節吹くだけで立ちくらみがしてしまうほど体力を消耗します。
しかし、さかなクンはあのアップテンポなスカのリズムに合わせて、一音一音を非常にクリアに、かつ力強く発音していました。
これには、学生時代から長年培ってきた「腹式呼吸」の基礎が不可欠です。
音楽仲間の間でも、「あの体格であの巨大な楽器を鳴らし切るなんて、どんな肺の構造をしているんだ」と話題になったほどです。
また、重さ約10kg近い楽器を首から下げて演奏する身体的な負担も想像を絶します。
「好き」という気持ちが、身体的な限界を超えさせたのでしょう。
彼が演奏後に見せる爽やかな笑顔の裏には、アスリート並みの過酷なトレーニングと、楽器への執念が隠されているのです。
謎の奏者GYOと東京スカパラダイスオーケストラとの共演
CMで共演した東京スカパラダイスオーケストラ(以下スカパラ)は、言わずと知れた「音の職人集団」です。
彼らのサウンドは緻密に計算されており、即興演奏においても非常に高いレベルの阿吽の呼吸が求められます。
さかなクンが「GYO」としてそこに加わったとき、単なる話題作りで終わらなかったのは、彼がスカパラの音楽性を深く理解していたからです。
スカパラのバリトンサックス奏者である谷中敦氏は、さかなクンの演奏を聴いて即座に「素晴らしい」と絶賛したと言います。
スカの最大の特徴である「裏打ち」のリズムに、バスサックスの重厚な音を完璧なタイミングでハメていく。
これは、彼が吹奏楽時代に培ったアンサンブルの能力が、ジャズやスカのフィールドでも遺憾なく発揮された瞬間でした。
私はベース奏者としてリズム隊の視点から見ていますが、低音楽器がリズムを外すと曲全体が崩壊してしまいます。
さかなクンのリズム感は非常にタイトで、スカパラの鉄壁のリズムセクションに自然に溶け込んでいました。
この「溶け込む力」こそが、彼が真のミュージシャンであることの何よりの証拠です。
現場で培われた「一音」への責任感
プロのレコーディング現場やステージでは、やり直しがきかない場面が多々あります。
さかなクンは多忙なスケジュールの合間を縫って、スカパラの楽曲を完璧にマスターして現場に現れたそうです。
「アマチュアだからこの程度でいい」という甘えは、彼の辞書には存在しません。
私の音楽高校時代の同級生も、スカパラのサポート経験があるのですが、「さかなクンの音の立ち上がりの速さは、プロのリード奏者そのものだった」と語っていました。
リード楽器は、吹き始めの瞬間の音の輪郭を出すのが非常に難しいのですが、彼はそれを事も無げにやってのけていたのです。
一つの音に対して全責任を負うというその姿勢は、命を扱う魚類学者の誠実さと重なりますね。
スカパラのメンバーと並んでステップを踏みながらサックスを吹く姿は、もはや「魚類学者がサックスを吹いている」のではなく、「一人のサックスプレイヤーが、たまたま魚にも詳しい」という逆転現象さえ感じさせるほどでした。
この共演は、ジャンルや職業の壁を取り払い、純粋な「表現」として音楽を楽しむことの尊さを、私たちに教えてくれました。
武田真治も高く評価するサックスの演奏技術と実力
さかなクンの実力を裏付けるエピソードとして欠かせないのが、武田真治氏との共演です。
武田氏といえば、長年サックスを研鑽し、自身のスタイルを確立しているトッププレイヤーの一人です。
その彼が、さかなクンの演奏を聴いて「嫉妬するほど上手い」と漏らしたのは、決してリップサービスではありませんでした。
武田氏が特に注目したのは、さかなクンの「音のキャラクター(個性)」です。
サックスは奏者の体格や口腔内の形状、そして息の入れ方によって、千差万別の音色を奏でます。
さかなクンの音は、非常に明るく、かつ芯が太いのが特徴です。
これは、彼が持つポジティブなエネルギーが、そのまま空気の振動となって楽器に伝わっている証拠でしょう。
音楽理論に明るい私の友人たちも、「彼のフラジオ音域(通常より高い音を出す特殊な指使い)の正確さは、基礎が完璧に身についていないと出せない音だ」と分析していました。
独学で吹いているだけでは到達できない、アカデミックな裏打ちを感じさせる演奏なのです。
「音の太さ」に隠された日々の研鑽
サックス、特にバスサックスのような低音楽器において、最も難しいのは「音を痩せさせないこと」です。
初心者が出す音は、どうしても弱々しく、頼りない響きになりがちです。
しかし、さかなクンの音は、武田氏が演奏するアルトサックスの鋭い音色に負けない、豊かな倍音を含んでいました。
私はベースを弾く際、弦を弾く強さや角度で音の太さをコントロールしますが、サックスにおけるそれは「アンブシュア(口の形)」の安定性に依存します。
さかなクンのアンブシュアは、激しいアクションの中でも決して崩れません。
これは、彼が魚の研究で顕微鏡を覗き込むときと同じくらいの、凄まじい集中力で楽器をコントロールしているからです。
武田真治氏とのセッションで見せた、二人の「サックスバトル」。
そこには、タレント同士の掛け合いではなく、プロの表現者同士が火花を散らす真剣な「対話」がありました。
「技術は嘘をつかない」という冷徹な音楽の世界で、彼は自らの実力だけでその地位を勝ち取ったのです。
愛用するセルマーの機材やマウスピースのこだわり
さかなクンが所有している楽器のコレクションは、もはや博物館クラスと言っても過言ではありません。彼はサックスの代名詞とも言えるフランスの高級メーカー「ヘンリ・セルマー・パリ」の楽器を愛用しています。
セルマーのサックスは、その豊かで芳醇な響きから、世界中のトッププレイヤーが憧れる逸品です。しかし、その性能をフルに引き出すには、奏者側にも相応の技術が求められます。
彼は現在、ソプラニーノからバスまで6種類のサックスを全てコンプリートして所有しています。
さらに驚くべきは、サックスだけでなくバスクラリネットやコントラバスクラリネットといった、さらにマニアックな低音楽器まで網羅している点です。
また、マウスピースについても一切の妥協がありません。彼は日本が誇るメーカー「ヤナギサワ」のメタルマウスピースを、セルマーの楽器に合わせて使用していると言われています。
機材のセッティングに見る「探究者」の顔
「セルマーの本体にヤナギサワのメタルマウスピースを合わせる」という選択は、管楽器の世界では非常に合理的かつ、こだわりを感じさせるセッティングです。ヤナギサワのメタルマウスピースは、音が鋭く前に飛ぶ性質があり、スカやロックのような大音量のバンドの中で自分の音を埋もれさせないための戦略的なチョイスと言えます。
私のギターやベースの友人たちも、エフェクターやアンプの組み合わせに何年も悩みますが、さかなクンもまた、理想の「音」を求めて膨大な試行錯誤を繰り返してきたはずです。
良い機材を揃えることは、上達への近道であると同時に、音楽への愛の深さの現れでもあります。
自分の体の一部となる道具に投資し、その特性を熟知する。その姿勢は、顕微鏡で魚の鱗を調べる彼の研究姿勢と完全に一致していますね。
実際にこれらの高級機材を適切にメンテナンスし、常にベストな状態で演奏できる状態に保つのは、並大抵の努力ではありません。
彼の自宅には、楽器専用の保管部屋があるのではないかと噂されるほどです。こうした機材への深い愛情があるからこそ、あの素晴らしい音色が生まれるのですね。
まとめ:唯一無二なさかなクンのサックスの軌跡
さて、ここまでさかなクンのサックスにまつわる驚きのエピソードを深掘りしてきました。
中学時代の可愛らしい「水槽学」という勘違いから始まった彼の音楽人生。それは、お魚への愛と並行して、数十年という長い年月をかけて育まれてきた、もう一つの大切な「柱」でした。
氷結のCMで魅せたクールな「GYO」の姿、そしてスカパラという日本屈指のミュージシャンたちとの対等な共演。それらは決して偶然や幸運ではなく、コツコツと積み上げてきた圧倒的な練習量と、機材に対する飽くなき探究心が生み出した必然の結実だったのです。
さかなクンの生き方は、「好きなことを複数持っていてもいい」「本気で取り組めば道は開ける」ということを私たちに教えてくれます。
仕事や生活に追われ、楽器から離れてしまった大人の方も、彼の姿を見れば「また始めてみようかな」という勇気が湧いてくるのではないでしょうか。
私自身も、音高を卒業してからベースを始め、今でもアマチュアとして試行錯誤の日々ですが、彼のように「純粋な好奇心」を忘れずに音楽を楽しみ続けたいと強く思いました。
魚類学者として、そしてサックスプレイヤーとして。これからも、さかなクンが奏でる唯一無二のハーモニーから目が離せませんね。皆さんも、心の中に「水槽」を持って、新しい世界へ飛び込んでみませんか?
【注意:必ずお読みください】
本記事で紹介した楽器の仕様、重量、メンテナンス方法などの情報は、一般的な製品特性や奏者へのヒアリングに基づいたものです。特にバスサックスのような大型楽器は、身体への負担や高額な維持費が必要となる場合があります。楽器の購入や練習を開始される際は、必ずメーカーの公式サイトをご確認いただき、ご自身の体調や環境に合わせて専門家に相談の上、無理のない範囲で楽しんでください。
(出典:ヤマハ株式会社『楽器解体全書』)


